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Catechism

「散らかっていても整然としていても、建設現場は建設現場です。そして時には、『これが何になるのか』と思うことがあるでしょう。それを建てている人について知ることは良いことです。」ペンテコステ礼拝で地区使徒ミヒャエル・デプナー氏(コンゴ民主共和国西部)が奉仕した説教の言葉です。

〔画像をクリックしてビデオをご覧ください。〕

主使徒が仕えたように、私は自分を見つめる必要がありました。私の心は建設現場のようです。きれい、清潔、整理整頓された建設現場もあれば、物が散乱している工事現場もあります。自分の心の中を見て、がっかりするかもしれません。というのは、自分がどうなっていくのか、想像がつかないからです。建設現場を見ると、そこに何ができるか、大体想像がつくでしょう。しかし、最終的にどのような建物ができるかを、想像図で示されている場合もあります。

そしてきょう、それを主使徒が見せてくれたのです。その想像図とは、キリストです。私の心、魂、人生、会衆、家族の中で、それは進められています。こうしてその想像図のように、私たちは育ち、成長し、造られているのです。そしてこれが思い通りに絶対進まないことを、私たちは知っています。

しかし私たちはきょう、慰めと勇気をいただきます。それは「できるんだから、そのままがんばりなさい」ということです。導き手、創始者は皆さんでなく、天のお父様です。私たちは御手の中の道具に過ぎないのです。

御手とは動きの御霊です。動きの御霊が自分の心の中で今も動いてくださっているか、私自身それを確かめる必要があります。言葉が、交わりが、今も自分を動かしているか。造り上げようという願望が今も自分の内に生きているか。

決して完全ではないし、あきらめムードになる時もあります。しかしうれしいことに、天のお父様は到達点をご存じですし、皆さんや私ならそこに到達できることをご存じのうえで、選んでくださいました。ここに、ピアノを演奏してくれたこの若い兄弟がいらっしゃいますが、私にとっては、工事を終わらせるために、会衆で一緒に働いている人です。

天のお父様がその愛のうちに、私たちを共におらさせてくださいますように。

(6月12日nac.todayより)

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