New Apostolic Church Japan

パンとぶどう酒。「『これは私の』体と血である。」二千年もの間、キリスト教徒は最後の晩餐でイエス様が言われたこの言葉に頭を悩ませてきました。この「…である」とはどういう意味なのでしょうか。この問いに対する答えは、時代ごとの考え方を形成してきました。

なぜ「…である」の意味がそれほど重要なのでしょうか。それは、聖餐の執行におけるイエス・キリストの臨在に関わるからです。しかしイエス様は「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである」と仰せになったのではないでしょうか。確かにその通りです。しかし、永遠の命を得るために何を食べ何を飲むべきかということも仰せになりました。ここで議論するのは、聖餐におけるキリストの体と血の存在――実在として認知される現象、いわゆる「本当の臨在」――についてです。
一つの問いに複数の答え
最初の数世紀において、キリスト教徒はこうした問題についてあまり考えていませんでした。ただ主の晩餐を執り行っていただけでした。潮目を変えたのは、紀元4世紀のコンスタンティヌス帝によってキリスト教が国教となり大規模に普及した頃でした。たくさんの新たな洗礼志願者が教理を教わるわけですが(教理口授法)、そのためには教材が必要でした。
 ギリシア教父たちは、ギリシア哲学における、物事の原型の象徴という説明法を見出しました。従って、目に見えるもの、すなわち物の世界は、目に見えない、美しく善良な真の世界の原型と同質の象徴もしくは複製とされました。ですからキリストの体と血の原型も、パンとぶどう酒という象徴の中に存在させることが容易にできたのです。
ラテン教父たちは、独自の考え方を持っていました。その中で最も影響力があったのは、パンとぶどう酒は体と血という本物(レス)のしるし(シグナム)であるとする考え方でした。とはいえこれはただの象徴的関係ではありませんでした。火のない所に煙は立たないわけで、しるしは実質的に本物と関係しているのです。
どちらか一方をめぐる論争
400年ほどの間、この問題は全く解決できないままでした。そこで教会は様々な答えを許容せざるを得ませんでした。その状態が変化したのは、キリスト教がゲルマン民族フランク族に伝播し始めた8世紀のことです。古代ギリシア人特有の現実に対する多層的な考え方をどう理解すればよいのか分かりませんでした。
新しい考え方では、象徴か物か、しるしか現実か、という二者択一しかありませんでした。そして、この二極化が論争を招きました。これ以降、成分か物質か、象徴か霊か、との間で解釈が揺れていました。
これが主の晩餐をめぐる二大論争へと発展しました。9世紀、フランク系修道院の修道院長と修道士の一人が公の場で意見対立しました。11世紀には、トゥールにあった司教座聖堂学校の校長が司教会議のたびにもめ事を起こしていました。しまいに彼は、信徒たちの歯がキリストの体を噛んでいるということを―自分ではばかげていると思いながらも―司教会議の席上で宣誓せざるを得なくなりました。
ギリシア哲学への回帰
論争が終結したのは、スコラ哲学の学者たちがルネサンス前夜に古代ギリシアの哲学者たちを再発見した時でした。ここでは成分と偶有性*―中身と形状―を説明するための模範が示されました。当時、成分とは、こんにち一般的に理解される化学の概念ではなく〔分子実体〕、物事の最も奥底にある本質を指すものでした。ですから偶有性とは物の性質を表したのです。
実存のものの現象に対する思考過程にも応用され、パンとぶどう酒もその偶有性―つまりその外見と成分―を維持する、という結論に至りました。一方で、その成分――中身、本質――は変化します。こうしてキリストの体と血は、物的に存在するのではなく、その本質において実存するのです。神学ではこうした考え方を化体説と呼んでいます。
化体説は200年にわたって教会にある種の平和をもたらしてきました。ところが宗教改革者たちの中で新たな紛争が起きました。これについては次回ご紹介します。

(1月11日nac.todayより)

*偶有性…ある事物の本質的ではなく偶然的な性質。人間一般における皮膚の色のようなもの。偶有的属性。偶性。付帯性。[広辞苑 第七版]

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