New Apostolic Church Japan
nac.today latest news

“… until my end” and forever. [...]

As many countries and regions [...]

A small flock and a tremendous [...]

He was and remains an example [...]

“Tina im Kirchturm”—in English [...]

When someone takes their own l [...]

Catechism

人生を良い意味でひっくり返し、生活様式や目標を恒久的に変え、さらに気持ちを前向きにさせてくれるもの…人は信頼できるアドバイスを求めたがります。八月の日曜礼拝は、そのアドバイスをします。人生の手引きです。

福音は良い知らせ、喜びの知らせであり、多くのヒントに加えて、多くの慰め、希望、人生の方向性を提供しています。八月の日曜日の説教は、シリーズ「良い知らせ」の一部です。

「本当に大切なことに集中する。」人はすぐにどうでもよいことに忙殺され、小さなことを優先させ、本当に大切なことを後回しにしてしまいます。キリスト者の中には、聖書を参照して日常の行動を規制する人がいますが、このような人がその典型です。新約聖書に書かれている髪型や食事、服装、子育てや夫婦の関係などの記述を根拠にして、生活に規制をかけます。しかし、このような規制は、神様の救いと何の関係もありません。本当に大切なことは何なのか、第一日曜日の説教で明らかにされるはずです。

「神様との交わりを求める。」 盛大な宴会のたとえは、八月の第二日曜日の礼拝内容です。イエス・キリストとの交わりはこんにちにおいて、聖餐において、信仰と礼拝における兄弟姉妹との交わりにおいて、すでに可能になっています。そして、この交わりという考え方の先には、再びおいでになるキリストとの交わりがあり、未来におけるの神様の御国を希望することができます。それが喜びや安心感を生むのです。

「我々の神に仕える。」主が呼びかけ、人々がそれを耳にします…。ここで主の呼びかけを無視するか、それともその呼びかけを自分の人生で実践するか、を選択することになります。私たちは、弟子になりなさいとの神様の呼びかけをいただいています。弟子になるとはどういうことなのかを、イエス・キリストはご自分の人生で実証されました。こんにちにおいて私たちは何をすべきか。それをどこで行うべきか。これが八月第三日曜日の説教テーマです。

「聖なるものを聖なるものとして保持する。」第四日曜日の説教は、神様を信じない者、嘲(あざけ)る者、そして主の律法を喜びとする者についての詩編の言葉を基本として行われます。神様の御旨を探し求め、その御旨を自分の生活に取り入れるよう信徒に勧めます。そうすることは、物事の見方を変え、生き方に効果をもたします。悪人の道と義なる人の道のどちらを選ぶかは、考えるべき一つの側面に過ぎません。説教では、隣人に気を配ることも求めます。罪人の歩む道に従うのは間違っていますが、罪人の目を向けさせて彼らを悔い改めさせることは、イエス様の御心にかなっていますし、福音の精神にも則しています。

「キリストの再臨を慕(した)い求める。」 主がご自分の教会にもう一度おいでになるという約束は、信徒に喜びをもたらします。これは未来への希望であり、キリストが人々を孤独にすることなく必ず戻って来てくださる、という慰めでもあります。この信仰、この希望は、人生のすべてを変えます。既知のものをすべてひっくり返し、人を喜ばせ、気持ちを前向きにしてくれます。八月最後の日曜日は、この天来の喜びに焦点を当てた説教です。

(8月2日nac.todayより)

Copyright © 2021. All Rights Reserved.