New Apostolic Church Japan

神様は誰一人排除なさいません。誰一人拒否されません。その真逆で、援助し、支え、受け止めてくださるのです…。神様は皆さんの、皆さんの友人の、皆さんの敵まで味方となってくださるのです。

律法と恵み。大切なのはどちらでしょうか。また、両者はどう関係し合っているでしょうか。2月の新使徒教会の礼拝では、神様の賜物が言葉にできないほどすばらしく、その賜物が全人類に非常に現実的な影響をもたらすということが中心となります。

神は人類の真ん中に

モーセは当時、神様の戒めを伝えました。この戒めによって、神様の御旨が明らかになりました。イスラエルの人々は、次第に善と悪との区別をする立場に置かれました。但しそれには限度がありました。戒めがあるからといって、罪が無害になったわけではありませんでした。しかし、イエス・キリストの生と死によって、神様は人類に、完全なる恵みと真理に向かう手段を与えてくださいました。

善を行うことよりも信仰です。神様の恵みと愛には、信仰と愛で報います。

神は愛

本当のキリスト者かどうかは、信仰によって分かります。神様が人類をお造りになったのは、完全な交わりのうちに御自身と共におらせるためである、ということを、彼らは信じます。またキリスト者は、神が人となられたことと聖霊が注がれたことをも信じます。

ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒はこう強調しています。「私たちは、神様が愛であることを信じ、神様を信頼します。この信仰によって、希望と愛が生まれます。私たちは自分たちの贖いを忍耐強く待ち、そのための準備をします。キリストに倣う愛し方をすることで、神様の愛に報いるのです。」

神は恵みによって律法を完成される

神様の律法は、イスラエルの人々が日常生活を送る上での指針となりました。その過程で、神様は、人間同士が数千年にわたって共存するための土台をお造りになりました――それは現代においても生かされています。それだけでなく、イエス・キリストの福音も、イエス・キリストの救いを信じる人々に確信を与えています。イエス・キリストを信じることによって、神様と永遠に交わりを持つことができるのです。

律法は、信仰以外に、人類に対して非常に実用的なことを暗示しています。つまり、「神と隣人とを愛しなさいという律法は、私たちの行動規範である」ということです。

あなたのため、あなたの友のため、そしてあなたの敵のために、お一人の神がおられる

人の振る舞いに関係なく、神様が全人類を愛しておられることに変わりはありません。シュナイダー主使徒はこう明言しております。「主は、敵を愛しなさい、敵のために祈りなさい、敵を祝福しなさい、敵のために善を行いなさい、と私たちに命じておられます(ルカ6:27-35)。不合理に思えるかもしれませんが、私たちは真剣に受け止めなければいけません。」

主使徒によれば、これに関して重要なことが二つあります。一つ目に「イエス様が教えておられますが、神様の御国は極めて荘厳、壮大で、あらゆる人間的限界を超越しています――そこで神様は私たちに、不可能なことを実行するようお命じになることがあります。『私はあなたに多くのことを与えているから、あなたが想像し得ないことを、あなたに要求するかもしれない。』」二つ目に「主がここで述べておられる愛とは、心地良いとか楽しいということではなく、天来の愛と救いという、はるかに高い次元のことなのです!」

故人を覚えることは、大きな課題です。「今なお悪しき者の影響下にある人々が、神様の『敵』から『友』となれるように、祈りましょう。そうする中で、隣人との異質性、つまり、隣人が私たちと気が合うかどうか、私たちにとって楽しい人かどうかはどうでもよくなってしまいます。神様はすべての人を愛されるのです。

(1月30日ナックトゥデイより)

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