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Catechism

説教、牧会、教導――どれも聖書を基準として実践されます。とはいえその聖書の教え示していることは、必ずしも明確でないことがあります。聖書が言っていることと言っていないこと。教役者以外の方々にも指針になります…。

最新の英語版コミュニティおよびドイツ語版季刊誌Unsere Familieで、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は「聖書の教示に従う」と題した、教理に関する論説を発表しました。〔日本語翻訳は9号に掲載予定。〕もともとこの論説は、2016年10月の教区使徒会議で扱われた議題をもとに「礼拝指針」2017年特別第三号に掲載されたものです。
現在のこの世界で聖書を適用する
「使徒やほかの教役者が行う宣教は、常に聖書と一致していなければいけません!」主使徒はこのように明言しています。つまり、聖書の言葉は現代においても当てはめることができ、現代においても聖書を参考にできる、ということです。聖書を参考にすることにより、信徒の信仰は強まり、神様への信頼が増し、知恵を深めることができるのです。
今回は、聖書解釈のための規則をいくつか概説します。
⦁ 主たる位置づけは新約聖書です。旧約聖書は福音の内容を確認するだけの扱いです。
⦁ どの聖句も、それが書かれた背景の中で理解しなければいけません。
⦁ 奇跡やたとえについて、その本来の意味以外の解釈をすべきではありません。例えばタラントンのたとえは、天来の贖いが私たちの働きに左右されるものだ、という意味ではありません。
⦁ 聖書の言葉を正確に解釈するためには原文を読む必要があります。聖書には、翻訳者や編纂者の数だけ解釈があるからです。
⦁ 新約聖書にあるそれぞれの書物は様々な時代に書かれており、使徒書簡は様々な会衆に宛てて書かれています。つまりすべて異なった条件で書かれている、ということです。
予言ではなく、指針である
論説の中で主使徒は、聖書を牧会で用いる際には注意が必要である、と述べています。習慣として教役者が無作為に聖書を開いてその箇所を読みます。「その習慣は素晴らしいですが、リスクがないわけではありません」と主使徒は書いております。選ばれた箇所を、ある種の予言とか神様からの約束だと信徒がみなしてしまうこともあるからです。
教役者の務めは担当する信徒に、未来を明らかにすることではなく、神様への信仰を強めることです。教役者は訪問の準備として、牧会で指針を示せそうな聖書の箇所を見出させてくださるよう、神様にお願いするとよいでしょう。
キリストの御心と思いにおいて共に働く
新約聖書には、キリストの救いに関する教理に加えて、会衆を教導する際の手引きが書かれています。しかしこの手引きは必ずしも実際の教理の一部とは限りません。聖書のそうした部分は、執筆当時の生活状況を直接反映したもので、当時の条件でしか通用しません。その具体例として特殊に主使徒は、教会における女性の役割に言及しています。
そして主任職は、教役者の権限とも一切関係ありません! 主使徒や教区使徒が組織や財務に関する決定を行う時は、イエス・キリストの御名において、あるいはイエス・キリストの権威をもって決定するわけではありません。しかし使徒職の主任も司祭職の主任も、キリストの御心と思いにおいて物事を判断したり行動したりしなければなりません。
またシュナイダー主使徒は「神様は教会に必要な賜物をすべて与えてくださる」としています。個人の内において成長する賜物もあれば、複数の人が集まって成果の出る賜物もあります。こんにちの世界には、試みが多く、その試みも複雑化しており、主使徒が絶対君主のようにふるまえるものではありません!
(7月6日nac.todayより)

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