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Catechism

三千年前のイスラエルの人々と、二十一世紀のキリスト教徒。何か共通点があるでしょうか。シュナイダー主使徒がこの両者を丁寧に比較し、魔術、資本主義、利己主義に対する姿勢を明確にしました。

ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は、コンゴ民主共和国を訪問し、二度の礼拝を司式し、日曜日に開かれた全国教役者会に、国内の使徒及び監督と共に出席しました。7月6日の日曜日にアンキシ*の信徒に宣教を行い、出エジプト記15章2節を基調聖句として、所感を述べました。「主は私の力、私の盾。私の救いとなられた。この力こそ私の神、私はこの方をほめたたえる。私の父の神。私はこの方を崇める。」

神に感謝を捧げる

モーセとイスラエルの人々は紅海を渡った後、「主は私の力」と賛美の歌を歌いました。この歌を通して、神様が助けてくださったことに感謝を献げたのです。彼らには分かっていました。神様がエジプト人による束縛から解放してくださったことです。自分たちを救い出してくれるのは、神様ただお一人だということです。神様はイスラエルの人々を、御自分の民としておられました。そしてついに、アブラハム、イサク、ヤコブに約束なさっていたことを、忠実に成就させられたのです――そして彼らを、約束の地にお導きになったのです。

現代の人々も、かつてのイスラエルの人々同様、捕囚なのです。罪に捕らえられ、神様から離れてしまっています。イエス・キリストは、御自分の生涯と死を通じて、救済を可能としてくださいました。三千年前のイスラエルの人々と、二十一世紀のキリスト教徒には、あと二つの共通点があります。神様は私たちを、御自身の子に選んでくださいました――御自分の民としてくださったのです!さらに御国を相続する機会を与えてくださっております。イエス様はこう仰せになりました。「行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたを私のもとに迎える。こうして、私のいる所に、あなたがたもいることになる。」私たちが神様を崇め賛美する理由は、ここにあるのです。

神様を崇める

認識と感謝から、行動が生まれます。

  • 一堂に会して感謝を献げる:私たちは、礼拝の中で定期的に顔を合わせることによって、神様に祈りと賛美とを献げます。それは、一堂に会して神様を崇め賛美するためです。
  • 献金を献げる:贖いをカネで買うことはできませんが、献金を献げる理由はいつもあります。すなわち贖いを提供して下さる神様に感謝を献げるためです。
  • 善い業を行う:イエス様が死なれたのは、私たちを罪から救い出すためです。ですから私たちは再び罪に堕ちないよう努めます。私たちが悪事を続け、悪を征服するイエス様の力を活用できなければ、イエス様が私たちのために命を犠牲にされたのは、何だったでしょうか。

選びを受け入れる

イスラエルの人々は、選ばれた民として、戒めを守り、偶像崇拝をせず、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして神様を愛することによって、神様を畏れることが必要でした。この点についても、こんにちとの共通点があります。

  • 戒めを守る:神様は私たちに、すべての戒めの遵守を求めておられます。「律法全体を守ろうとしても、一つつまずけば、すべてに違犯したことになる」とヤコブの手紙は教えています。
  • 偶像を崇めない:人生の中で問題が起きたり、神様に助けをお願いしたりしても、本当に助けてもらえるのかどうかが確信できない時や、物事がなかなか変わってくれない時があります。するとまじない師や呪医(じゅい)*のところに行くことがあります。彼らはこう言います。「~をすれば大丈夫ですよ。」しかしここに、もっとはるかに危険な偶像が存在します。それはカネです!はっきり申し上げると、金儲けのために、嘘をついたり、事実と異なる文書を書いたり、隣人愛を忘れたりしがちな兄弟姉妹が、とてもたくさんいるのです。
  • 心を尽くして神様を愛する:イエス・キリストに自らを合わせるために、思い込みや自分の意見を捨てること。これが神様を愛することであります。イエス様は私たちの神様です。私たちは神様を畏れます。神様の御言葉を真剣に受け止めます。神様以外の神々を持たぬように。神様と共にいるためなら、特定の物事は放棄することを覚悟しましょう。

神様の栄光を宣べ伝える

私たちもイスラエルの人々と同様に、神様の栄光を宣べ伝えることによって、神様を崇めることが求められています。

  • 私たちに善い業を行わせて下さるのが神様である:私たちは善い業を行い、私たちにそれを可能とさせているのが誰なのかを人々に伝えます。つまりイエス様のおかげでこの善い業ができるということを伝えるのです。私たちの徳ではありません――イエス様の徳によって、善い業を行うことができるのです。
  • 神様が赦してくださるように、私たちも赦す:イエス様の赦しはとても偉大です。私自身とてもうれしく思っています。ですから喜んで隣人を赦すことができるのです!赦すことで神様の栄光を称え、神様の富を隣人に分け与えます!
  • 隣人の救いに貢献する:他の魂も救済されてほしいと思います。この世の魂も陰府の魂も救済されてほしいです。彼らに向かってこう言います。「イエス様のところへ行って、宝をいただきましょう!」結果通りにならないことを恐れません。私たちはキリストにあってとても豊かなのですから、この豊かな富を分け与えることができます。富がなくなることはありません。

背景:

シュナイダー主使徒は、礼拝が始まる時に、アンキシに到着した時のことを簡単に触れました。「到着した時、とても美しい大聖堂を見ることができました。今回の一切の活動と、キリスト教を広めるために遙か昔にアフリカに来られたすべての方々に、感謝を献げたいと思います。主を愛する思いから、アフリカにキリスト教を広める目的で来られた方々への感謝を、決して忘れることのないようにしましょう。この方々は、新使徒教会による宣教が開始される遥か前から、イエス・キリストによる良い知らせを告げに、皆さんが住んでおられるこの地にやって来ました。本当にそうした方々のおかげなのです。彼らに感謝します。彼らを称えます。そして陰府にいるこうした宣教者たちに、神様が平和と祝福を与えてくださいますようお祈り致します。――上記写真の後部に写っているのが、その「悲しみの七つの聖母」大聖堂で、1926年にベルギーのイエズス会によって建てられました。

(9月25日ナックトゥデイより)

*アンキシ…別名キサントゥ。コンゴ西部の都市。

*呪医…呪薬・呪具・呪文などを用いて病気などの治療をする人。(大辞林より)

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