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神学上の規定や組織運営に対する取り組みだけではありません。教役職の概念を改革することは、教会の教導にとって、教役者にとって、そして会衆における一人一人の教会員にとって、非常にはっきりした利益があるのです。

教役職の概念に関するこの取り組みがもたらす利益は、すでにはっきりしています。教会とサクラメントに対する私たちの見解はすでに教理要綱の中で正確に定義されているものの、教役者についてはまだ十分な見解が成されていませんでした。そこで教会として、機構組織をこんにちの実態に対応した形にしたいと考えました。

主使徒は教役職の概念を発表するにあたり、これによってどのような効果がもたらされるのかを解説しました。教役職の概念に対する改革を行うことによって四つの効果がもたらされます。その理由は二つあります。

教役職が、教会とサクラメントに対する私たちの見解と一致した形で、明確に決められました。イエス・キリストは、御自身の御言葉、行動、本質によって教役職をお決めになります。教役職には、その職から発せられる奉仕と権限があります。それはすなわち、神様の御名において語り行動することであります。また教役職には、目に見える人間的側面と、目に見えない聖なる側面とがあります。

会衆及び教区の主任の重要性が高められました。今までは、この重要な職能を授与するのに、ただ握手しか行われてきませんでした。今後は、会衆主任も教区主任も、任命という形で、膝をつき按手を行うことによって、祝福と聖別とを受けることになります。現在の教区使徒の場合と同様になります。

教役職と教導職とを分割することにより、指導面の平等性がさらに促進されます。主使徒にとって、教会指導者が孤高の戦士になることはもう無さそうです。従来存在した中間層的教役職を廃止し、五つの組織単位(会衆、教区、使徒教区、教区使徒教区、全教区)に集約することによって、意志決定者の人数を減らします。これにより、意思疎通及び意志決定が簡素化されます。

指名と任命は、現代の要請である柔軟性を可能とします。職業上の事由による転居や、教会や教区の合併により、教役者の復職や職務分担をめぐって、不鮮明な環境が繰り返しもたらされてきました。これからは、教役職と独立して、そして一定期間、教導上の職務行使が可能となります。

教導職だけでなく、毎回の礼拝にとっても利点となります。教役職と教階制を分けることにより、例えば牧司は、自分の主任である牧者や伝道師がその場にいても、礼拝を司式することができます。ここで主使徒は三つの利点を挙げています:

教役者は過重負担から保護されます。礼拝のための準備をしっかり行うためには、時間と取り組みが必要です。その職務が分担されれば、負担を過重に負う人はいなくなります。教役者にも家族があり、職業があるのです。

司式者は準備のためにより多くの時間をかけることができます。より多くの教役者が交代で礼拝を司式するため、自分が司式する礼拝について、より前もって、より集中的に、より周到に準備することができます。このことは、説教の質という面において、大きな利点となり得ます。

さらなる多様性が、会衆を豊かにします。教役者にはそれぞれ、自身の横顔<プロフィール>があります。いつも同じことの繰り返しは、疲れを引き起こす恐れがあります。司式者がより頻繁に交代すれば、教会員の注目度も増しますし、新鮮な発想も生まれます。

結びとして、主使徒は次のように述べております。「これが私たちの伝統を大きく変えることになることは、私も良く認識しております。慣れるまである程度時間がかかるでしょう。しかしこの改革が新使徒教会に利益がもたらされることを、私は確信しております。」

教役職とは実際のところ何なのか、そして教役職はどのような目的に寄与するのか――今回はこうした問題について解説してきました。しかし誰が教役職を受けるのでしょうか。どうやって受けるのでしょうか。なぜ受けるのでしょうか。次回以降、これらの問題を中心に扱います。

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