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Catechism

牧会ができるのは誰でしょうか。今回は、牧会の背後にあるきっかけ、感情、職務上の使命、そして誰でも牧会に関われる可能性について扱います。

「祭壇に立ったまま牧会はできません。病気などで苦しんでいる人のところに寄り添わなければいけません。」2016年4月、アルゼンチンのブエノスアイレスで司式した礼拝で、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒はこう述べました。教会員に寄り添うために、執事や牧司や使徒になる必要はいのです。寄り添うことは、誰でもできます。

牧会による交わりの促進は、すべての新使徒教会員ができます。新使徒教会員の未来像と使命は、心の和みと交わりの育みという喜びの側面を二つとも謳(うた)っています。これは新使徒教会のアジェンダ〔実践計画〕でもあります。新使徒教会のアジェンダとは、イエス・キリストとの連帯、福音の宣教、そして牧会であります。牧会はキリスト教徒としての生活において欠かせない要素です。

会衆全体への務め

2014年の標語は「愛をもってはたらく」でした。この時シュナイダー主使徒は、ガラテヤの信徒への手紙6章2節を引用しました。「互いに重荷を担いなさい。そうすれば、キリストの律法を全うすることになります。」そして主使徒は次のように解説したのです。「これは教役者だけでなく、会衆全体に向けた言葉です。」会衆や教会で行われるすべての働きは、神様や隣人への愛に基づいていることが必要です。この愛が伴っていなければいけません。この愛を用いたものでなければいけません。

「牧会は、会衆にいるすべての人がすべきことでもある」と教理要綱に書かれています(12.4)。これは日常生活の支援にもいえます。この点で次の言葉が当てはまります。「あなたがたは、私が飢えていたときに食べさせ、喉が渇いていたときに飲ませ、よそ者であったときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに世話をし、牢にいたときに訪ねてくれたからだ」(マタ25:35-36)。

人々の困窮(こんきゅう)を軽減する

人の悩みや苦しみ、言い換えれば、人を苦しめ、弱らせ、後ずさりさせるようなことに対して、自分も思いを共にしようとすることが、隣人を愛し気遣う、ということです。「兄弟姉妹の困っていることや苦しんでいることは、私の困っていることや苦しんでいることなのです!」シュナイダー主使徒はこのように述べています。これを意識することは、職務や使命と別です。心や魂がそれを感じて、意識するようになるのです。つまり、牧会には上からの命令や指名を受ける必要がないのです。

実際、世界中の新使徒教会員は、毎日様々な方法を使って牧会を行っています。これは教会の支援組織の活動や、会衆や教区の慈善活動にとどまりません。一人ひとりの生きた信仰においても、牧会は実践できるのです。隣人に寄り添い、その人が困っていることや苦しんでいることを理解し、それを軽減することも、牧会なのです。

キリストの群れを世話する

「私は良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。〔…〕私の羊は私の声を聞き分ける。私は彼らを知っており、彼らは私に従う。私は彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、また、彼らを私の手から奪う者はいない」とイエス様は言われました(ヨハ10:11,27-28)。教役者はこれに基づいて「自ら進んで〔…〕本心から」(一ペト5:2-4)こうした働きを行います(教理要綱12.4)。

執事、牧司、使徒は実践面の支援をしてくれるだけでなく、キリストの群れを世話し、イエス・キリストの再臨に備えさせてくれます。ですから牧会は、日常生活の実用面だけでなく信仰の問題にも関わります。イエス・キリストは、牧会において完全な模範を示しておられます。すべての人を救い、誰一人取りこぼさないことをお望みです。しかも永遠の生命をしっかりと見据えておられます。

すべての人が召されている

牧会に関連し、牧会として広く認知されている用語はほとんどありません。牧会とは、緊急な場合や危機が迫っている場合に行う特別な配慮や、常に活動する教役者やその他の教役者が独占して行う魂の世話に限ったことではありません。華々しさとは無縁の、日常のありふれた状況でしばしば見出されることが、牧会なのです。ほとんどの場合、牧会をやっているとは気付かれないものです。聞くこと、祈ること、相手の気持ちになること、積極的に手助けすること。これが牧会です。魂が永遠に生きることに関心を持ち、そのために配慮すること。これが牧会です。

これに積極的に関われるのは皆さんなのです!

(8月26日nac.todayより)

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