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Catechism

子供たちの世話をするのは誰でしょうか。宗教面での教育に責任を持つのは誰でしょうか。「たくさんおります」とジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は答えています。愛と、責任と、教会の枠組みについて検証します。

紀元前400年、ギリシアの哲学者プラトンはソクラテスを通して、同世代の人々に「エピメレイア・テース・プシュケー」すなわち「魂の世話」をするよう訴えました。プラトンは、この世の福利や名誉よりも大事なものを世話してほしいと願ったのです。身体と異なり、魂は不滅なのです。この関係で、ドイツ語で牧会を表すセーソールゲという語は、プラトンの時代からこんにちと同じように用いられています。

支援と教育

牧会とは、困難な状況において支えたり寄り添ったりすることだけではありません。教え、導き、手本になるのも牧会です。牧会の目的は、この世的あるいは霊的課題や状況に備えられるようにすることです。隣人への愛と思いやりによって促される牧会は、このことを目指しております。そして牧会は教役者だけでなく、会衆全体で取り組むべきことです(教理要綱12.4.1――日本語版339ページ*)。

これは特に、宗教教育の分野において顕著で、青年教会員向けの宗教教育もその一つです。

教役者、教師、家族が一丸となる

主使徒*はこう指摘しています。「両親は子供への宗教教育に責任があります。ただやっていいことよくないことだけでなく、私たちが固く確信していること、すなわち、イエス・キリストは素晴らしいお方であること、福音は素晴らしいものであることを教える責任があります。これは両親にしかできないのです。」どのような状況であろうと、両親はこの責任から逃避したり責任を教会に丸投げしたりすべきではありません。母親と父親は、洗礼というサクラメントの中で、この義務を証ししているのです。

両親はこの務めにおいて孤立することなく、教会から宗教教育に関する様々な提案を受けることができます。子供たちは、教役者や教師を通して、最も多くの牧会を受けられることでしょう。

教会による総合的教育

「教会教育とは、幼少年や青年が神の御前で自覚と責任をもって生きていくために指導を行うものである。交わりを育み帰属意識を持たせることが主要な目的である。」教理要綱12.4.1.1の339ページ*にこう書いてあります。そこで教会では、就学前教育、日曜学校、宗教教育、堅信礼教育を通して、若い信徒に様々かつ盤石な基礎教育を行っています。

教師の仕事は聖書に関する過去の出来事を伝えるだけでなく、現在と未来における天のお父様との緊密な交わりを子供たちが育めるようにすることである、とジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は明言しています。ですから教師と教役者の仕事は、子育てをする両親を、支援することができるのです。こうしたチームワークが、子供や若者の信仰を強くし、キリスト者であることに喜びを得させるのです。

(11月3日nac.todayより)

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