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Catechism

元々、2020年9月20に、主使徒はアメリカ訪問を予定しましたが、パンデミックの関係で中止を余儀なくされました。主使徒は代わりにフランスのタンにある教会で礼拝を司式しました。26人という少人数の参加者は、主使徒の来訪に大喜びしました。ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒はこのタンの教会まで徒歩で行きました。

正しい祈り方とは、どういうものでしょうか。神様との会話がもたらす効果とは、どういうものでしょうか。これらの問題に、主使徒は説教の中で解を示しました。説教のための基調聖句は、ローマの信徒への手紙8章26節が引用されました。「霊もまた同じように、弱い私たちを助けてくださいます。私たちはどう祈るべきかを知りませんが、霊自らが、言葉に表せない呻(うめ)きをもって執り成してくださるからです。」

祈ることは大切

一堂に会して祈りを献げることは、礼拝において非常に重要な部分です。二人または三人が私の名によって集まるところには私もその中にいる、と主は約束されました。つまり私たちが一堂に会して祈る時には、主も臨在され、私たちと一緒に祈ってくださることを確信できるのです。祈りを献げる会衆と、共に悲しみ、共に喜んでくださいます。そして私たちが祈りの中で言い表していることを共に言い表してくださいます。これは特殊な体験です。

神は応(こた)えてくださる

言うまでもありませんが、神様も、私たちが要望していることを、その通りにかなえてくださるとは限りません。とはいえ、会衆が一つになって祈るならば、神様はきっと何らかの方法で応えてくださるでしょう。だからといって家で祈ることが免除されるわけではありません。個人で祈ることも大切です。現在コロナウイルスの流行によって、新使徒教会のキリスト者にはより多くの時間があります。主使徒は次のように述べました。「私は自分にこう問いかけました。『以前より多く祈っているだろうか。会衆で話すこともないし、聖歌隊の練習もない――その分、祈る時間を多く取っているだろうか。』」主使徒は「時間がある時に祈るのではなく、時間をかけて祈りなさい」という言葉を会衆に再認識させました。

神は我らのために祈ってくださる

主使徒からもう一つ興味深い話がありました。共に祈る時もあれば、あるいは一人で祈る時もありますが、いずれにしても、神様が私たちのために祈ってくださる、ということを自覚しなければいけません。これは不思議に思えるかもしれませんが、聖書で約束されていることなのです。イエス様が執り成してくださる、と書いてあります。つまり、イエス様はいつでも赦してくださるのです。人々のために御自分の命を犠牲とされたことにより、御自分の方から赦してくださるのです。しかもイエス様は、自分を信じる者は救われる、と宣言されました。イエス様が執り成してくださるということは、信じる者たちを救ってくださる、ということです。

聖霊の助け

私たち人間は、祈るために聖霊から助けていただく必要があります。それは、人間の脆弱さと、神様の万能性との間に、大きな隔たりがあるからです。私たちが弱いために祈ることができない時でも、聖霊が助けてくださいます。弱り切っている時、悲しみの底にある時、祈りの言葉を述べる気力もなく神様に向かってため息しかつけない時もあります。そうしたため息や、助けを求める声といった、いわゆる祈りでないものであっても、聖霊によって増し加えられたり、神様に届くように形が変えられたりするという保証が、私たちにあります。身体的、倫理的、精神的に、祈れる状況にないものの、神様に向かわねばならないと思った時は、そうした助けを求める叫び声や、ため息を、きっと聖霊が神様の玉座に届けてくださるでしょう。

祈りに鼓舞していただけるようにしなさい

そこで大事なことは、私の祈りを、聖霊に鼓舞していただくことです。聖書にこう書いてあります。「私たちはどう祈るべきかを知りません。」これはどういう意味でしょうか。祈る前に、聖霊が私の内で働いてくださるようにするならば、聖霊は、私たちが誰に向かって語りかけているのかをも出させてくださいます。つまり私たちは神様に向かって語っているのです。全能者に向かって語っているのです。絶対に信頼できるお方に向かって語っているのです。完全なるお方に向かって語っているのです。すべてをご存じのお方に向かって語っているのです。こう考えると、今回の聖句は、祈る時には聖霊に導いていただきなさい、という説諭でもあるのです。

聖霊は、知恵の霊でもあり、神様の御旨を示してくださいます。神様が実際に望んでおられることを知らせてくださいます。つまり神様は私たちの救いを望んでおられます。私たちを悪から救い出すことを望んでおられます。御自分との交わりに導くことを望んでおられます。

主使徒はもう一点述べました。聖霊は忍耐の霊でもある、ということです。やめてはいけません! 最後まで倦(う)まず根気良く祈ってください。根気とは、時間の問題であって、頻度や長さや言葉遣いの問題ではありません。祈る必要性の問題です。根気よく祈るというのは、私たちの行動と私たちの祈りが調和しているということです。調和していなければ、何のために救いを求めて祈るのでしょうか。

最後に主使徒は次のようにまとめました。

  • 聖霊は、私たちの弱さを助けてくださいます。私たちが何を求めて祈るべきか、いつも分かるとは限らないからです。
  • 聖霊は、私たちが何をすべきかを教えてくださいます。
  • 私たちの祈りが聖霊に鼓舞されればされるほど、祈りに応えていただける確信がそれだけ強くなります。

 

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