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Catechism

神様の御旨は絶対ですが、人間はまず御旨を理解する必要があります。今回は、どのような過程で教役職を担うのかについて、その解を紹介します。

祈りと観察…。前職のヴィルヘルム・レーバー主使徒は、叙任が行われるかなり前から起こることについて、このように述べました。「神様が私たちの考えをお導きになるのは、祈りをもって始まります。」レーバー主使徒は、現職を引退する直前のインタビューで、このように述べました。「れから皆さんがひたすら観察します。時間を経る中で、一つの考えが具体化され始めます。次に皆さんは絶えず祈ることによって、その考えを深く追求します。

大切なのは神の御旨

教理要綱には次のように書いてあります。「人が牧会宣教職<教役職>に就くのではなく、そもそも会衆がその職を行うわけではない。牧会宣教職は神が教会に対してお与えになった神の賜物なのである」改訂された教役職の概念においても、この考え方に変化はありません。礼拝指針の2019年特別第2号にも、次のように書いてあります。「教役職を人物につけるのは神であり、これがあらゆる叙任の基本であるということは、こんにち効力を有する教役職の職階について無条件に適用されることに変わりはありません。」

ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は、礼拝指針の2017年特別第3号で、この召命が、全能の父である神を信じることを告白している新使徒信条第一条、主イエスが御自身の教会をお治めになることを告白している新使徒信条第四条、教役職に召し出す者を神がお定めになることを告白している新使徒信条第五条に基づいていることに言及しています。

人間が演じる役割の部分

先述の礼拝指針によれば、叙任は天来の召命であることは信じるというのは、神様だけがその主体者であるということではありません。その兄弟をお選びになるのは三位一体の神様であり、この選びを教会に伝えるのは聖霊です。

叙任候補者は、当該の会衆あるいは教区に属す教役者から推薦を受け、使徒が叙任の判断をします。ですから一人の兄弟を教役職に推薦する前に、当該の教役者は、聖霊の導きを求め、自身を聖別することが不可欠です。

人に備わっている賜物に留意する

それゆえ使徒は、神様の御旨を悟り、その御旨に従って行動する必要があります。つまり、教役職に就くのに必要な資質や賜物が――牧会面の資質、教授面の資質、組織面の資質のすべてにおいて――教役者となるべき人物に備わっていることを了解しておく必要がある、ということです。このことは礼拝指針の2017年特別第4号で触れております。

教役職を受ける者に備わる賜物は「鼓舞され、強められ、増し加えられて、主への奉仕に捧げられます。それに加えて、祝福を受けることによってさらに力が増し加えられます」(教理問答集416)。

一方、叙任を受けることによって、新たな賜物、技能、才能が与えられることはありません。このことは、今回の教役者の概念に関する出版物や参考資料の中で、繰り返し特に明らかにしております。そのような資質の向上については、せいぜい職務を行う中で育んでいくことになるでしょう。

務めを成し遂げるのは神様

上で述べてきたことは、叙任に限ったことなのでしょうか。それとも、会衆や教区の主任の任命にもいえることなのでしょうか。正式な答えを申し上げれば、第五条に書かれていることが教役職に関することであっても、任命や指名については除外対象になるわけでない、ということです。

いわゆる先輩のような立場にある教役者は、任命や指名も神様の御旨に適うものとなるように、絶えず祈ります。それと同時に、使徒は、人物の能力や資質に注意を払うことが必要です。

「神様は、不完全な人間を通して優れたことをお出来になります」と主使徒は勧めています。このことは教役職であれ負託される務めであれいずれにおいても当てはまることです。

(11月7日付ナックトゥデイより)

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