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Catechism

神様は、全人類のすべてのことをご存じです。強さも弱さも、性質も、振る舞いもご存じです。しかしそれは良いことなのです。なぜならただご存じであるだけでなく、神様には私たちと一緒に計画されていることがあるからです。

「私はあなたの行いを知っている。見よ、私はあなたの前に門を開けておいた。誰もこれを閉じることはできない。あなたは力の弱い者であるが、私の言葉を守り、私の名を否まなかったからである。」7月14日(日)、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は、オーストリアのグラーツで行われたによる礼拝で、このヨハネの黙示録3章8節の聖句を引用しました。

神様はあなたをご存じである

この言葉は私たち、そしてすべての神の民にとって、慰めであります。神様はありのままの皆さんを選んでくださったのです。皆さんを御国へ導きたいと願っておられます。神様は私たちにこう告げておられます。「私はあなたと個別な関係を持っている。あなたは、大きな集団や民族の一人ではない。だからこそあなたを召し出したことを知っているのだ。」

神様はあなたの行いをご存じである

「私はあなたの行いを知っている」と神様は仰せになり、あるちょっとしたことを再認識させておられます。信仰は曖昧なことが一切ないからです。信仰が本物ならば、必ず具体的な結果が現れます。ということは、信仰は、それがもたらす行いだけの素晴らしさがある、ということです。

  • 神様は皆さんの捧げる祈りをすべてご存じです。主は私たちのところにおいでになり、私たちを励まし、こう告げておられます。「私はあなたの祈りを知っている。その祈りをぞんざいに扱うことなく、すべてに耳を傾けてきた。」
  • 神様は皆さんが献げる犠牲や、御自分のために皆さんが放棄してきたすべてのことをご存じです。こう考えることがあるかもしれません。「このようなことをして何になるのか。生活が全然良くならないではないか!犠牲など献げなければよかった。何も変わらない。」しかし神様は私たちにこうお告げになります。「私を愛する気持ちであなたがしてくれたこと、私のためにあなたがしてくれたこと、そのすべてのお返しに、あなたを祝福しましょう。悩まなくてよい。私はあなたの犠牲を知っている。」
  • 神様は皆さんが神様のためにしたことをすべてご存じです。神様はこう仰せになります。「あなたが教会の中で、また隣人のためにやっていることを、私はすべて知っている。誰一人分かっていなくても、誰一人感謝してくれなくても、あるいは全く顧みられなくても、私はあなたがやっていることを知っている。」
  • 神様は皆さんの闘いをご存じです。神様はこう仰せになります。「あなたが悪しき者と戦って、新しい被造物を内に育もうと取り組んでいることを、私は知っている。あなたの闘いを知っている。私はあなたの味方だ。」

神様はあなたの弱さをご存じである

「あなたは力の弱い者である。」神様はこのことをご存じです。

  • 私たちは弱い者です。イエス様は次のように言われました。「あなたがたはこの世で弱い者で、顧みられることはない。大した人ではない。」
  • 私たちは小さな群れです。世界の人口比で見れば、まだ私たちは、すべての点で、小さな群れです。
  • 私たちは力の弱い者です。どれほど祈っても、世界を変えられないことを、私たちは気づいています。
  • 私たちは罪人です。悪に打ち勝とうと奮闘努力しても、失敗してしまいます。私たちの望んでいたことと、実際に成し遂げたことが同じではありません。やりたいと思ったことを、実現できたことはないのです。

しかしこうした欠点や弱さが致命的になることはありません。ここに神様による慰めがあります。「私はあなたの前に門を開けておいた。誰もこれを閉じることはできない。私はあなたを私の国へ導く。私との永遠の交わりに入らせる。」

私たちは神様を知っている

つまり、神様の言葉を守り、御名を否まないということです。

  • 私たちは神様を知っています。ですから神様の約束を信頼しているのです。その約束は、そう、自分を愛してくださる、一緒にいてくださる、御子を遣わして御許へ引き上げてくださる、ということです。
  • 私たちは神様の御業を知っています。御子が私たちのためにしてくださったことを知っています。御子はこの世においでになり、人としての生涯を歩まれ、人と同様の苦しみを受けられました。御子は私たちを愛しておられたがゆえに、私たちのために死なれたのです。
  • 私たちは神様の力を知っています。悪魔と人は、イエス様を御父に従わせないように、力を尽くしてあらゆることをしてきましたが、できませんでした。御子は最後まで御父に忠実でした。これがイエス・キリストの強さです。神様は私たちの内において、御自身の力を現されます。ここに私たちの強さがあります。この世は自分の望むことができます。つまり、私たちは神様に仕え、犠牲や献金を献げ、そして福音を宣べ伝えることができます。
  • 私たちは神様の恵みを知っています。私たちが必ず勝利できるのは、十字架上で果たされたイエス・キリストの勝利に、私たちも加わらせていただけるからです。

詩編の記者は次のように書いています。「あなたの傍らに千の人が/あなたの右に万の人が倒れようとも/その災いがあなたに及ぶことはない」(詩91:7)。信仰に忠実な人は救われるのです。自信を失わないように。信仰に最後まで忠実な人は、神様の御国に入ることができます。御国への扉を閉じることができる人は誰もいません。

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