2022年6月5日 19:48:00 JST

「すべての人が必要なのです。一人ひとりが貢献できるのです。」2022年の聖霊降臨祭〔ペンテコステ〕でジャン=ルーク・シュナイダー主使徒が強調したことです。地上における神様の臨在をしるしとして示しましょう、と訴えました。

 

 

「あなたがたは神の神殿であり、神の霊が自分の内に住んでいることを知らないのですか。」この聖句は、202265日にブエノスアイレスで行われた聖霊降臨祭記念礼拝で、基調聖句として引用されたものです。この礼拝には、年次の教区使徒会議に参加したすべての教区使徒たちも出席しました。〔以下、説教の概要〕

 

同じ賜物、同じ機会

教会の指導者たちは、世界中の教会員を代表しています。つくづく思うのですが、国ごとの教会や会衆が抱える環境や、個人一人ひとりに備わる才能や潜在能力という点で、神の子たちは本当に十人十色です。

 

しかし、すべての人に共通する才能があります。それは、聖霊という賜物です。この賜物によって、すべての信徒に同じ一つの機会が与えられています。それは、もはや不法のない神様の御国に入る機会です。これがペンテコステに向けて宣べ伝えたいことです。

 

神の臨在を示すしるし

聖霊の降臨したペンテコステは、教会の誕生日とみなされています。使徒パウロは教会を、新約の神殿と表現しています。神殿は、神様の臨在を表すしるしでした。ユダヤ人は、神様と会い、感謝し、救いを求め、赦しを願うために、神殿に詣でました。

 

新しい神殿において、信徒はこの出会いを礼拝を通して体験します。祈りを通して、音楽を通して、献金することによって、隣人に善を行うことによって、神様に感謝しその御名を称えます。というのは、イエス様はこう仰せになったからです。「よく言っておく。この最も小さな者の一人にしたのは、すなわち、私にしたのである。」

 

新しい神殿において、会衆の人たちは、互いのために祈り合います。私たちにとって「悪より救い出したまえ」は、最も大切な嘆願です。「我らの罪を〔も〕赦し給え」という嘆願は、もはやいけにえを伴うものにはなり得ません。なぜなら、イエス・キリストがたった一度のみご自身を犠牲として献げてくださったからです。

 

心の中で、そして働きにおいて

神殿は、神様の人々の中心で、神様の臨在を示すしるしとなるべきものでした。これは新しい神殿についても同じです。信徒一人ひとりが、地上における神様の臨在を示すしるしとなるべきです。どうすればよいでしょうか。神様が自分の心に宿り、神様の御心にかなうよう努めるのです。いろいろな人から「いいね」スタンプを集めることではありません。

 

とはいえ、神様がいらっしゃるだけでは十分でなく、神様による働きが必要です。これは、今に始まった考え方ではありません。私が興味を示すのは歴史ではなく、霊の成長なのです! そしてここで、「自分は変わったのか」という問いに、私たち全員が答えを出さなくてはいけません。

 

すべての人が建設を支援できる

しかし何より大切なのは、新しい神殿建設のために、私たちが一緒に働き、支援することです。信徒たちに備わる賜物が千差万別である限り、確実に言えることが一つあります。それは「すべての人が必要とされている。そして一人ひとりが貢献できる」ということです。

 

但し人間的なやり方ではうまくいきません。自分の意見や考えを変えずに済むような、楽なやり方をすることになるからです。それでは収拾がつきません。

 

神様のご計画が大切なのです。聖書に書かれている、イエス・キリストの福音と、使徒たちの教えに従うことが大切なのです。確かに、聖書があればいろいろなことが正当化できます。しかし聖書を読む場合、聖霊に照らし合わせることが大切です。そうすれば、神様と隣人を愛そうという気持ちが鼓舞されます。

 

最後まで建設中

神殿は今も建設中です。キリストの教会において、見える部分は今も不完全です。驚かないでください。それが普通です。建設中なのです。大切なのは、不完全な部分がいくつあるかではなく、不完全な部分にどう対処するかです。

 

新しい神殿は、新しい創造においてようやく完成します。私たちがそれほど長く待つ必要はありません。主の日に、キリストが再びおいでになっても、花嫁の会衆は不完全なままです。しかし神様が恵みを与えてくださいます。

原著: Andreas Rother

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nac.today: New Apostolic Church International

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