31. 3月 2026

四月を通して、主日礼拝は、復活されたキリストがこの世にいらっしゃること、そしてその御光がどのように受け継がれ、分かち合われていくのかに焦点を当てています。

 

 

「成し遂げられた。」これは、イエス様が臨終の際に言われた最後の言葉で、ヨハネによる福音書に記されています。この宣言は、その場で起きたことが、一連の悲劇的な偶然が終わっただけでなく、神様のご計画が実現したことを明らかにしています。

 

というのも、十字架におけるイエス様の死は敗北ではなく、勝利だからです。人類——生きている者も死んだ者も——のための救いと贖いの源が、ここにあるのです。イエス様が死者の領域に降(くだ)って行かれたことからも分かります。4月3日の聖金曜日記念礼拝では、イエス様によるこの犠牲が、現世と陰府にとって、どのような意味があるかを探究します。

 

復活はすべてをどのように変えたか

 

イエス様の復活を証しする最初の言葉は、「私は主を見ました」というものです。マグダラのマリアはこう言って、弟子たちに復活を知らせました。イエス様の人生が死を越えて続いていることを証しするのは、墓が空(から)になったことだけではありません。復活された主は、人々に一人ひとり会い、彼らの名を呼び、彼らと一緒に食事をされたのです。

 

これにより、弟子たちの悲しみと絶望は、喜びと確信へと変わりました。そして彼らは、その驚くべき知らせを、外に向かって広めました。こんにちの信者さんたちも、これと非常によく似た状況を体験できます。いったいどうして体験できるのでしょうか。どうすれば体験できるのでしょうか。この点が、4月5日の復活祭記念礼拝の焦点となります。

 

イエスの使命がどう受け継がれたか

 

弟子たちは、イエス様を殺した人々を恐れて、部屋に閉じこもっていました。マリアが良い知らせを伝えても、彼らの心は明るくなりませんでした。

 

そこで、キリストは「あなたがたに平和があるように」と言って、彼らの真ん中に立たれました。まさに、復活されたイエス様ご自身でした。弟子たちは傷を見てキリストであることが分かりました。すると一瞬のうちに、彼らの心は変わり、解き放たれ、安心し、自信を持てたのです。

 

キリストとの再会は、嬉(うれ)しいことではありましたが、将来にとって、意義深いことでもありました。弟子たちは使命と、それを果たすための力を与えられました——こんにちに至るまでこの使命を受けていますし、力も与えられています。4月12日の礼拝では、キリストの御業がどのようにして受け継がれていったのかを解明します。

 

キリストの光をこの世にどう投じるか

 

世の光であるイエス・キリストは、死によって消え去ったわけではなく、むしろいっそう明るい輝きを放たれました。復活されたキリストは弟子たちに、自分自身が世の光となるようにと言われました。

 

イエス様は、すべての信者に対して、この光を周りに輝かせるようにと言っておられます。そのためには、ささやかでも慰めとなる存在、親切で、誠実で、忍耐強く、信頼できる存在、人を傷つけるのではなく築き上げる言葉がけができること、神様に信頼を置く姿勢を外に示そうとすることです。

 

そうすることでどのような効果をもたらすのかが、4月19日に行われる礼拝の主題となります。

 

善を行う力はどこから生まれるか

 

生きた信仰は、内面の確信にとどまりません。信仰が生きていると、外に現れようとし、私たちの生き方が形作られ、人々を慈しみ善を行うことで周囲の人々にも見えるものとなります。

 

これは、人生のあらゆる状況において——困難な時であっても——当てはまります。さらに、どの信者も、悪を善によって克服することが必要です。

 

そのための力は礼拝の中に見出すことができます。つまり、祈り、説教、罪の赦し、聖餐、会衆との交わりです。これが、4月最終主日である26日の礼拝の焦点となります。

 

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Andreas Rother (Japanese: Toshiyasu Matsuoka)