主使徒所感*
聖書研究
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礼拝後、教理要綱学習会があります。Zoom→から参加できます。
教会案内*
成功物語に潜む意外なもの(2026年8月4日) 神様の御国は、小さく取るに足らないものとして始まりますが、最終的には巨大な存在となります。からし種とパン種というふたつのたとえ話は励みになる一方で、少なくともイエス様と同世代の人々にとっては、議論を呼ぶような刺激的な内容でした。
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平凡な言葉で非凡さを表現(2026年8月3日) イエス・キリストには、教えを宣べ伝える独自の方法がありました。実に簡単で、実に短く、日常の世間話を使って、最も奥深い真理を伝えることができたのです。しかし、このたとえ話の背後にある秘義や論旨を理解するのに欠かせない材料を、ほとんどの人たちは持っていませんでした。
第一主日礼拝(2026年8月2日)
基調聖句 ハバクク書2章20節
司式 門平彰弘主任牧師
奉仕 高島健郎牧師、フレディ・カンコロンゴ・チスアカ牧師
今も働いておられるキリスト(2026年7月31日) 象徴としての神殿からキリストの教会へ——神様の臨在、使徒、一致がその特徴であり、今月八月に行われる礼拝の趣旨です。
続く喜び(2026年7月29日) 憂鬱な時、虚しい時、心配事がある時、喜びを待ち焦がれる気持ちが強くなります。本当の喜びを得るために大切なことは何か、本当の喜びを邪魔するものは何か、主使徒が明らかにしています。
天使に守られ(2026年7月27日)
天使は私たちをすべての災いから守ってくれるのでしょうか。聖書はその問いに対して、含蓄に富んだ描写をしています。神様の使者である天使は人々に寄り添ってくれるものの、人々の代わりに自ら行動を起こすことはありません。 続き→
第四主日礼拝(2026年7月26日)
基調聖句 マタイによる福音書6章12節
司式 フレディ・カンコロンゴ・チスアカ牧師
説教奉仕 ラザリオ・バクレー牧師
問題はつまずくことではなく、起き上がらないこと(2026年7月22日)
イエス様の導きは、人々を引き上げることが基本的な考え方です。当時も今も、キリストは御手を差し伸べ、私たちを立ち上がらせ、他の人々の光となるよう励まされます。
絶望を超えて(2026年7月20日) 疲れ果て、憔悴し切っていました。実際、もうどうでもよくなっていました。ただ、死にたいと思っていました。どん底に落ちて初めて、エリヤは神様と出会う中で、新しい始まりへの道を見出しました。
開いている扉を通る道(2026年7月15日) どうすれば天国に行けるでしょうか。言い方を変えれば、どうすれば完全な調和を成し遂開いている扉を通る道げられるでしょうか。放蕩(ほうとう)息子の兄は、ここで反面教師の役割を演じています。礼拝の中で、主使徒)はその完全な調和を実現するための方法を示しています。
第二主日礼拝(2026年7月12日)
基調聖句 マタイによる福音書6章10節
司式 高島健郎牧師
奉仕 門平彰弘牧師、ラザリオ・バクレー牧師
天国への門を自分から閉ざしてしまう(2026年7月11日) 天国に入れるのは誰でしょうか。この問いにイエス様は、祝会、開いている扉、そこに入ろうとしない人物を引用して、驚くべき答えを与えておられます。主使徒司式による礼拝の動画です。