14. 4月 2026

「私のきょうだいたち、分け隔てをしてはなりません。」この聖書の言葉は、こんにち私たちに向けて語りかけているように思えます。その核心にあるのは愛です。これを実現させるにはどうすればよいでしょうか。主使徒が、そのための指針を教えています。

 


この背景にあるのは、ヤコブの手紙2章8節の聖句です。「もしあなたがたが、聖書に従って、『隣人を自分のように愛しなさい』という最も尊い律法を実行しているのなら、それは結構なことです。」これは、2026年2月22日にドイツのプラウエンで行われた礼拝の主題でした。

 

そして礼拝の終わりまでには、次のことが明らかになりました。「神様が私たちを愛してくださるのですから、私たちが隣人を――そして自分自身をも――愛することを、神様は望んでおられます。またそのためには、神様が私たちを愛しておられるのと同じ方法で愛するのです。」〔以下、主使徒による説教の概要〕

 

三つの側面を持つ愛

 

この聖句が書かれた背景として、当時の教会では、富裕層に親切で友好的でした。そして貧しい人々を、いくらかないがしろにしていました。こうした状況に対してヤコブは、旧約聖書にすでに記されている隣人愛の戒めを引用し、批判しています。

 

イエス様はこれを山上の説教の中で取り上げ、さらに発展させられました。実践的な勧めとして「人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい」とお教えになった一方で、まったく別の次元において「私があなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい」と教えられました。

 

神がどのように私たちを愛しておられるか

 

神様はご自身の愛を以下のように証しされました。

  • 私たちを創造されました。たまたまいるわけではありません。私たちの存在は神様の御心に適うことだったのです。
  • 私たちの世話をしてくださいます。生きていくために必要なものをすべてお与えになります。
  • 私たちが永遠にご自分と共にいることをお望みです。神様はこのことを非常に強くお望みでしたから、御子を地上に遣わし、私たちのためにその御子を犠牲として献げてくださったのです。
  • この交わりに私たちが入るための道を造ってくださいました。こんにち私たちがどの立ち位置にいようと、こんにち私たちにどういう感情があろうと、私たちの過去がどうであろうと、私たちの現在がどうであろうと、私たちには前へ進める道があるのです。
  • 私たちの自由を尊重されます。決して強制なさいません。

 

自分自身をどのように愛するか

 

神様が私たちを愛してくださるように隣人を愛し、また自分自身を愛するように隣人を愛するということは、同時に、神様が私たちを愛してくださるように自分自身を愛することでもあります。

  • 自分の価値を成功と失敗で判断するのはやめましょう。ましてや他人の評価で判断するのはやめましょう。むしろ、神様が私たちに注いでくださる愛によって、自分の価値を見出していきましょう。
  • 自分の体と心を大切にし、思いやりをもって扱いましょう。また、自分の強みや才能を上手に用い、不必要な危険を冒さないようにしましょう。
  • 最善を願い求めましょう。最善とは、神様との永遠の交わりです。これこそ自己愛の頂点です。自分自身に最善を与えましょう。すなわち、支払うべきものを支払い、古いアダムを犠牲にするのです。
  • 安全な道を選びましょう。イエス・キリストに従いましょう。神様が私たちに与えてくださる助けと恵みを受け入れましょう。
  • 私たちの自由を守りましょう。私たちは永遠の命を求めています。誰にも邪魔されてはいけません。人々が何を言おうと、何をしようと、何を投稿しようと、どのように振る舞おうと、そのままにさせていけば良い。私たちは自由なのです。

 

隣人をどのように愛するか

 

では、この意味において「隣人を愛しなさい」とはどういう意味なのでしょうか。その答えは次のとおりです。

  • 相手がどのような人であっても、キリストがご覧になるのと同じく、その相手を見ましょう。すなわち、その相手も神様に造られた存在であり、神様が愛し、救おうとしておられる魂として見るのです。
  • 人にしてもらいたいと思うことを、人にもしましょう。隣人を愛していると、物事をよく考えるようになります。私たちの決断は、自分自身だけでなく、周囲の人々にも影響を及ぼします――日々の生活の中で非常に具体的かつ現実的な形で現れるのです。
  • 私たちは、自分がいただいている救いについて、他の人も受けてほしいと願います。確かに、あの人にはふさわしくない、この人にもふさわしくないと思うかもしれません。しかし、私たちだってふさわしくないのです。
  • 私たちは、これらの魂が神様を知り、神様を見出し、神様の愛を体験できるよう役に立ちたいと願います。そのために、説教をしたり延々と理屈を並べたりする必要はありません。日々の生活における私たちの振る舞いこそが、これを実現させるのです。
  • この点においても、私たちは自分の自由を保ちたいと思います。自分の状況が順調であっても困難であっても、隣人の救いのために力を尽くしましょう。

 

Andreas Rother(翻訳:日本新使徒教会)

nac.today: New Apostolic Church International

 

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