23. 4月 2026

自分はしておらえず忘れられたのか人生においてとても暗い時を迎えるとそう疑問に思いますこれに対して自らの使命を忘れてはいけませんというのが答えです主使徒はこれが誰に当てはまるのかそしてどうしてそうのかを説明しています

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イエスご自身が裏切られ捕らえられ見捨てられ裁かれそして処刑されることをご存じでした恐れを抱く中で祈られました。「私は心騒ぐ何と言おうか父よ私をこの時から救ってくださいと言おうかしかし私はまさにこの時のために来たのだ父よ御名の栄光を現してくださいすると天から声が聞こえた私はすでに栄光を現した再び栄光を現そうヨハ12: 27–28)。

 

これを基調聖句として、2026315日にドイツのキルヒハイム・ウンター・テックで礼拝行われました以下主使徒による説教の概要

 

しかし私はまさにこの時のためにが分岐点

 

御名の栄光を現してくださいとはどういうことでしょうかこんにちであればさながらあなたの神性を示してください万能性を示してください完全性を示してくださいということでしょうかこうして御父の神性や本質を体験させてくださるようお願いするかもしれません。「あなたがどういうお方であるかを人に分からせてください私たちを通してこのことを彼らに悟らせてくださいということでしょう

 

神様は私はすでに栄光を現したとはっきりお答えになりましたこのことはイエス様がヨルダン川で受洗された時、「愛する子として変貌を遂げられた山においてイエス様が奇跡と宣教をなさったことによって明らかにされました

 

この聖句ではしかし私はまさにこの時のために…」の部分が重要ですイエス様はこう仰せになってご自身の使命を再確認されたのです

 

分からないことだらけでも遣わされた

 

今の私たちにも同じようなことがあります魂が落ち着かず不安になると、「どうして自分なのですかどうして今なのですかこれは本当に必要なのかどうしてお見捨てになったのですかもうあなたは愛してくださらないのですかと疑問を持ちます

 

もちろん私たちはいつでも神に助けを求めることができますしかし今回の聖句はあなたにもまた使命があるということを私たちに思い起こさせています私たちは神様の御名の栄光を現すために召されていますそして神様の本質を明らかにし神様がどのようなお方であるかを示すべきなのです

 

イエスのように祈る

 

もし私たちの内にこのような自覚――すなわちこの困難な時にあってさえ自分には使命があるという自覚――があるならば私たちは神様の許に向かってイエス様が祈られたように、「御名の栄光を現してくださいと祈ることができますこのような祈りには次のような願いが含まれています

  • あなたが今もなお愛と憐れみに満ちた全能の神であられることを示してくださいそれを私に体験させてください。」
  • あなたがどのようなお方であるかを私が明らかにできるよう助けてください神様は常に私たちの苦しみや不正恐れに優るお方です私は神様と共にとどまり続けます
  • あなたの御業において――キリストの教会においてキリスト者として主にある兄弟姉妹として――一つとなれるよう私を助けてください。」ここで私たちはキリストと出会うことができます
  • 私たちを用いてがあなたに愛していただいていることを彼らに悟らせてください慈しみと善行を通して私たちは彼らがあなたの愛を見出す助けとなることができます。」
  • 復活を通してあなたの力と愛を現してくださいどうか早く来て私たちを御許へと引き上げてください。」

これに神様はどうお答えになるでしょうか

 

神のしるしはきのうもあしたも

 

神様は既にご自身の本質を明らかにしておられます

  • イエス・キリストを通してすなわちその生涯務め復活を通して明らかにしておられます
  • 反発を受けたり人間ゆえの弱さがあるにもかかわらずキリストの教会を存続させることによって明らかにしておられます
  • 洗礼御霊の証印堅信礼を通してそしてあなたは私の愛する子という御言葉をいただくたびに明らかにしておられます

そして最後に神様はこう仰せになります。「心配してはならない私は我が子と同じように今もあなたのためにここにいるあなたが終わりまで真実であり続けるなら私はあなたをも復活させるその時あなたはありのままの私を見ることになる。」

 

Andreas Rother 

nac.today: New Apostolic Church International

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(Japanese: Toshiyasu Matsuoka)