3. 6月 2026

燃えているのに焼き尽くさない炎―これが、神様の無限の愛です。しかしこんにち、どのようにしてその愛とご配慮を一人ひとり体験させていただけるのでしょうか。

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「モーセは神に言った。『私は何者なのでしょう。この私が本当にファラオのもとに行くのですか。私がイスラエルの人々を本当にエジプトから導き出すのですか。』すると、神は言われた。『私はあなたと共にいる。これが、私があなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたがたはこの山で神に仕えることになる』」(出3: 11–12)。この聖句は2026年1月18日、当時のヘルゲ・ムチュラー主使徒補佐がドイツのフロイデンシュタットで司式した礼拝で引用されたものです。〔以下、主使徒補佐による説教の概要〕

 

この聖句が扱っている出来事は、今年の標語である「恐れてはならない。ただ信じなさい」を非常に実践的な形で表しています。それはモーセに関する話です。イスラエルの民は、時が経つにつれてエジプトでますます厳しい圧迫を受け、ついには奴隷にされました。ある日、モーセはエジプト人がヘブライ人を殴っているのを見て、そのエジプト人を殺害しました。この事件を隠蔽できず、ミディアンへ逃れなければならなくなり、そこでモーセは荒れ野で羊の世話をしていました。  そこで彼は、柴が燃えているのに焼き尽くされないのを目にしました。そして、その場所で神様と出会ったのです。

 

荒れ野では孤独でなかった

 

燃える柴の中に、神様の臨在と愛が表されていました。神様は御自分の民が苦しんでいるのをご覧になっていました。これが神様なのです。神様は人々の牧会者です。 この地上の状況に無関心ではありません。そして神様は、イスラエルの民をエジプトの束縛から解放するという使命をモーセにお与えになりました。  しかし、モーセはその使命を快く受け入れたわけではありませんでした。自分の過去を気にして「私は何者なのでしょう」と尋ねました。しかしその問いかけに神様はお答えにならず、ただ「私はあなたと共にいる』とだけ言われたのです。

 

これに対してモーセは、自分に語りかけているのが誰なのかを知りたいと思いました。すると、柴の中から「私の名はヤハウェ(YHWH)である」という神秘的な答えが返ってきました。――これは「私はいる」という意味です。かつており、これからもいる。ここにいる。真実であり、永遠であり、常に共にいる。神様は今、皆さんお一人おひとりに「私はあなたと共にいる」と語っておられます。日々の生活の中で、喜びの時にも、退屈に感じる時にも、日常の営みの中においても「あなたと共にいる」と声をかけてくださいます。そして、荒れ野においても、つまり、困窮している時、飢えている時、苦しんでいる時にも、共にいてくださるのです。

 

神様が私たちと共にいてくださるのを確認するには、本当によく目を凝らして見なければなりません。人生の何気ないひとときの中にいらっしゃることもありますし、何かがいつもと少し違っていそうな時にいらっしゃることもあります。まさにそのような時に、私たちは神様を見出すのです。神様は皆さんのために燃えておられます。この燃えている火とは、神様による限りない愛の象徴です。しかし、この火は焼き尽くすことがないのです。

 

神の御心の中で

 

「私は『あなた』と共にいる。」ここで「私は何者なのでしょうか」と尋ねています。神様は皆さんの名を呼んでおられます。なぜなら、水による洗礼と聖霊の証印によって、皆さんの名は神様の御心に刻まれているからです。皆さんはかけがえのない存在です。神様は皆さんと永遠に共に生きることを望まれたからこそ、皆さんを創造されました。皆さんは神様にとって非常に大切な存在であり、かけがえのないものです。皆さんは、あらゆるダイヤモンドよりも価値があります。

 

「『私』はあなたと共にいよう。」そして「そのように言われるあなたは、いったいどなたなのですか。」「私の名はヤハウェである。」——この御名には、二つの意味が結び付けられてきました。一つは、復活、ぶどうの木、いのち、光、そして救いです。「私はいる。」この言葉は、変わることのない誠実さと愛を表しています。もう一つの意味は、「私はここにいる」という意味です。近くにいてくださいます。関係を持っていてくださいます。交わりを持ってくださいます。共にいてくださいます。うれしい時も、悲しい時も、絶望に打ちひしがれても、感謝する時も、ここにいてくださいます。すぐそばにいてくださいます。私たちの近くにいてくださいます。神様は、愛をもって顧み、深い憐れみをもって支えてくださるのです。

 

この神様の愛に、皆さんはどうお返しをしますか。「はい、神様、私はあなたと共にいたいと思います。」私たちも神様を愛していますから、神様と一緒に過ごす時間を持ちたいと思います。そして、愛していることによって、心を込めて祈り、積極的に交わりを求めます。「神様、私は嬉しい時も悲い時も、どのような状況に置かれていても、あなたと共にいたいです。」また、私たちはイエス・キリストと一緒にいたいと願います。キリストを守ろうと思います。  キリストの愛を実践し、親切な言葉を語り、祈り、そして互いに支え合おうと思います。私の神様が私と共にいてくださるのですから、私もまた皆さんと共にいるのです。

 

私たちは、イエス様の再臨を恐れる必要がありません。まさにその通りで、主は天を開き、私たちの目を見つめてこう言われるでしょう。「愛する花嫁よ、私は初めからずっとあなたを愛してきた。私は必ずあなたと共にいる。さあ、私の手を取りなさい。あなたを天へと導こう。あなたを愛しているから、永遠に共にいよう。」

 

Sophie Berg(翻訳:日本新使徒教会)

 

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