4. 8月 2026

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神様の御国は、小さく取るに足らないものとして始まりますが、最終的には巨大な存在となります。からし種とパン種というふたつのたとえ話は励みになる一方で、少なくともイエス様と同世代の人々にとっては、議論を呼ぶような刺激的な内容でした。


マタイ、マルコ、ルカによる各福音書には、このたとえ話がそれぞれの書き方で盛り込まれています。どれもまず、最小とされる種を紹介しています。ギリシャ語で「コッコス・シナペオス」と呼ばれるもので、これはおそらく黒からし(学名:ブラシカ・ニグラ)を指していると思われます。


実際この種はとても小さく、750粒集めてようやく1グラムになるほどです。さらに小さな種もありますが、当時のユダヤ人がそれらの存在を知っていたかどうかについては、学者たちの間で意見が分かれています。


それでも、聞き手たちはイエス様が何を伝えようとしておられたかをすぐに理解しました。なぜなら「からし種」は、極めて微小な量を例えるための単位として慣用的に使われていたからです。例えば、清めの規定〔律法〕では、瑕疵(かし)がある場合、それがからし種程度の大きさなら然(しか)るべき処置をとらなければならないと定められていました。


木なのか、木でないのか


最終的にその種は「大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる」とマタイによる福音書に書かれています。確かに、芽が出たら、小さなままではありません。成長して2メートルから3メートル、時にはそれ以上になることもあります。


しかし、だからといって「木」と呼ぶのは、少々無理があります。というのも、からし菜は一年草であり、一回の生育期間の中で成長し、枯れてしまうからです。からし菜に鳥が巣作りするというのは考えにくいです。せいぜい、日陰にしたり、鳥が羽を休めたりする程度でしょう。


それでも、当時の聞き手たちは、イエス様が言わんとしていることを正確に理解していました。いずれも終末時代の出来事を描いた預言者ダニエルやエゼキエルによるたとえです。この中で、実を結び巣を抱く木を、その統治者が大多数の民を保護し養う、力強い王国を象徴するものとして描写していました。


異国の木材の代わりに草質を


この物語の問題点は、ダニエルもエゼキエルも、威風堂々としたレバノン杉を念頭に置いていたという点にあります。レバノン杉の幹の太さは、平均的なからし菜の高さと同じです。そして40メートルの高さにもなるこの気品ある巨木は、まさに並外れた逸品です。


では、なぜこのたとえ話で、あえてからし菜のような背の低い草質(くさだち)が用いられているのでしょうか。そこにも意図が込められています。天の御国は必ずやって来ますが、それは予想とはまったく異なる形で現れる、ということなのです。


悪を善に


マタイとルカによる福音書で、からし種のたとえ話のすぐ後に続くパン種のたとえ話が書かれていますが、人々はこのパン種のたとえを聞いていっそう困惑したことでしょう。一人の女性がパン種——一般家庭で使われる量でしょう——を取りそれを約3サトンの小麦粉に混ぜ合わせます。3サトンは液体容量にして40リットル弱、乾物量で約25キログラムに相当する分量でした。これで、およそ100人の腹を満たすのに十分な量のパンを焼くことができました。このような表現を用いることで、神様の御国がいかに力強くすべてに浸透していくかを示したのです。


ここで聞き手にとって問題となるのは、新約聖書でも→、パン種が、罪や悪の同義語、不潔、有害、神様から人を遠ざけるものと類義語であった点です。実際、パウロは「悪意と邪悪のパン種」と「パン種の入っていない純粋で真実なパン」を対比させています。イエス様のお教えになったことは非常に力強く、悪しきものを良きものへと変容させます。神様の御国は到来し、すべてが逆になるのです。

Andreas Rother(翻訳:日本新使徒教会)

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