26. 8月 2026

恐れと不和を撒き散らす悪霊は、今とても活発に活動しています。しかし、信仰のある人は自己防衛できます。その防衛力が三つ、主使徒による礼拝で示されています。

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「身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、誰かを食い尽くそうと歩き回っています。信仰をしっかりと保ち、悪魔に立ち向かいなさい」 (一ペト 5:8–9)。主使徒は2026年6月28日にキンシャサのリメテ(コンゴ民主共和国〔外務省ホームページ→〕)で司式した礼拝に際して、この聖句を引用しました。〔以下、主使徒による説教の要約〕


二段構えの攻撃


ペトロの手紙は、敵視され迫害されていた小アジアの初期キリスト教徒に向けて書かれたものです。彼はこの状況を、吠える獅子に脅かされている群れに例えています。


今回の聖句では悪魔を表す獅子〔肉食獣〕が登場します。獅子には二つの特徴があります。一つは、敵(ギリシャ語で「アンティディコス」)であるということです。この敵は神様の前で人々を告発します。もう一つの特徴は、悪魔(ギリシャ語で「ディアボロス」)であるということです。群れを散らし孤立した動物を食い尽くすために恐怖を抱かせようとします。


こんにちの私たちにとって「ほえたける獅子」とは何でしょうか。


こんにちにおいて獅子はどう吠えるのか


内外から非難し告発する人がいます。「自分を見てみろ、お前はなんという悪人か。お前は罪人だ。世界で起きていることを見てみろ、お前の信じるこの神が本当に存在するのなら、この有様をすべて確実に変えられるはずだ。」


その一方で、個人の生活だけでなく教会や社会の中でも不和を撒き散らそうとする悪魔がいます。紛争や分裂をあおり立てようとします。


しかし、今回の聖句は非常に慰めになり、ほえたける獅子に立ち向かうための三つの戦略を与えてくれます。


第一の防衛線――はっきりした視野


第一の防衛策は身を慎むことです。つまり現実的になるということです。第一に、私たちについて言えば、羊である皆さんには羊飼いであるイエス・キリストが必要です。羊である皆さんには群れが必要です。


そして第二に、獅子に対する現実的な視点から言えば、悪魔はほえたける獅子のように歩き回ります。本当にほえているわけではありません。ほえているふりをしているだけです。悪魔は独自の力を一切持たない、全くの無価値な存在なのです。私たちが与える力しか悪魔にはないのです。


決定的な点は「本当の獅子はただ一頭しか存在しない」ということです。すなわち「ユダの獅子、イエス・キリストである」ということです。


第二の防衛線――起き上がり立ち上がる


第二の防衛策は目を覚ましていることです。私たちは自分の罪によって間違った安心感を抱いてしまうことがあります。「そんなこと言っても、みんなやっていることだよ」と思ってしまうのです。あるいは「自分の力は自分のために必要だ。隣人のことまで気にかけることはできない」と自分で自分を満足させてしまうのです。


しかし本日、皆さんに一番申し上げたいのは「警戒していなさい」ということです。立ち上がり、罪を克服し、隣人を気遣いましょう。

 

第三の防衛線――一緒にとどまる


第三の防衛策は信仰を堅く持って悪魔に立ち向かうことです。良い羊飼いであるイエス・キリストの許ににとどまりましょう。牧羊犬と一緒にとどまりましょう。牧羊犬とは私たちの教役者であり使徒たちのことです。


そして勿論、群れにとどまりましょう。一緒にとどまりましょう。そして、このほえたてる獅子に立ち向かい、みんなで一緒に「私たちは信じている」と叫びましょう。


聖書が説く通りに行動するならば、ほえたてる獅子に一体何ができるというのでしょうか。私たちが羊飼いの近くにとどまり、群れとして一緒にとどまるならば、悪魔に勝ち目はありません。引き返して去って行くことしか、悪魔にはできないのです。

Andreas Rother(翻訳:日本新使徒教会)

nac.today: New Apostolic Church International→

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