1. 9月 2026

神様のほうが最初に与えてくださいます。最初にいただくことから信頼と感謝は育まれます。カナダのアルノー・マルティグ教区使徒が、2026年の標語を感謝と結びつけて所感を述べています。

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「恐れることはない。ただ信じなさい」(マコ5: 36)。ヤイロは不安と信仰の狭間に立ちながら、この御言葉を聞きました。彼にとって最も恐ろしいことが現実になってしまったかに思えましたが、イエス様はヤイロに、自分を信じ続けるよう説かれました。ヤイロの置かれた状況に彼自身が不安を感じたのも無理はありません。しかしイエス様は信じていなさいと彼に言われたのです。


おそらく感謝もまた、ここから、つまり信じることから始まるのでしょう。


人生の中で祝福を受けていることがはっきり分かれば、簡単に感謝できます。しかし感謝というものは、単にうまくいったことを数え上げるよりも、深いところにあります。自分たちがどのような状況にあろうとも神様が近くにおられることを知ったところから、感謝は始まります。イエス・キリストにおいて、神様は、私たちが自力で手に入れることも準備することも決してできないものを与えてくださいました。キリストは、私たちがどれほど犠牲を払っても決してなし得なかったことを、すでに十字架の上で成し遂げてくださったのです。私たちが神様に供物を献げる前から、すでに私たちは神様から愛されているのです。


これが分かると、献げ物に対する私たちの考え方が変わります。


私たちが献げ物をするのは、神様の恵みを得るためではありません。自分の信仰を証明するためでもありません。神様にしてみれば、私たちからの見返りなど必要ではないのです。そういうことではなく、神様からいただいたものにじっくりと思いを馳せるならば、おのずと感謝を表現しようと模索するものです。


これが犠牲を献げる主旨なのです。教理要綱による解説によれば、献げ物は神様を礼拝し、神様に感謝し、神様に服従するための方法です(13.2)。神様が私たちに託されたものを認識し、自分自身の一部を感謝して神様に献げることです。献金はその献げることにおける、一つの表れです。


聖書は古くから、献げることと神様への信頼を関連させてきました。初物を神様にお供えしたのは、神様が必要だったからではなく、神様の民が自分たちの受けている祝福がどこから来たのかを理解していたからです(出23: 19)。イエス様もまた、献げ物について教えておられますが、献金する額の大小よりも献げる人物の心に目を向けるよう、常に促しておられました。


このことを、二枚の少額硬貨を携えてきたやもめから学びます(ルカ21: 1–4)。彼女の献げ物は見過ごされてしまってもおかしくないものでした。しかし、イエス様はそのやもめをご覧になりました。彼女が何を献げたかだけでなく、どのような心で献金したかをご覧になったのです。


私たちにとって、献金は神様に感謝を表すひとつの方法です。教理要綱には次のように書かれています。「信徒はもっと広い意味で、犠牲を献げることができる。つまり心を尽くした犠牲の奉納である」(13.2.3)。このようにして、自分の時間、能力、配慮、気遣いといった、自分自身を献げるための方法が、私たちの感謝によって決まります。それは、苦しんでいる人を励ますことかもしれません。一人でいる人に食事を提供することかもしれません。家族での忍耐かもしれません。それまでなかなか赦せないことがあったけれども今回こそは赦すことかもしれません。あるいは誰かが自分を必要としている時に寄り添う気持ちかもしれません。


これらはどれも特別なことではないかもしれません。二枚のレプトン銅貨もまた、特別なものでなかったのと同じように。


感謝を献げることによって、神様が与えてくださったすべてのものに自分自身がどう応えるべきかを、私たち一人ひとりが考えたいものです。感謝を通して神様に何を献げましょうか。人生、献げ物、犠牲においてその感謝をどう形にできるでしょうか。


私たちがこのように生きている姿を私たちの子どもたちが見れば、彼らは素晴らしいことを学べます。感謝とはただ口で言うだけではない、神様を信じるとはただ告白するだけではないということを学びます。神様からいただいた賜物が自分たちのためだけのものでないことを学びます。そして、時間の使い方、人への接し方、奉仕の仕方、ものの分け合い方、人生の歩み方が、信仰によって決まることを、子供たちは知るようになるのです。


要は、これこそが私たちの教会に与えられている使命の一部なのです。つまり、すべての人が神様の愛と、神様および他者に奉仕する喜びを体験できるような、温かい会衆を築くことです。


Arnaud Martig(翻訳:日本新使徒教会)

nac.today: New Apostolic Church International

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