2023年8月2日 0:00:00 JST

神様の祝福に与るためには、何かをしなければならない。これがエリヤとやもめの物語が教えていることです。しかしこの物語はもっとたくさんのことを教えています。神様がいつ、どのように、誰を祝福なさるか、ということです。

 

 

「主がエリヤを通して告げられた言葉どおり、かめの小麦粉は尽きず、瓶の油がなくなることもなかった。」主使徒が2023年6月9日にザンビアのムフェで行った礼拝では、列王記上17章16節が引用されました。〔以下、説教の概要〕

 

 

この世の苦しみから逃れられるわけではない

イスラエルで干ばつがありました。しかし神様はエリヤに衣食住の世話をされました。神様の忠実な僕だったエリヤは、他のすべての人たちと同じように、この世の苦しみを受けていました。しかし神様は彼を救助されました。奇跡を起こし、食料にするために取りを送られました。

 

愛する兄弟姉妹の皆さん、私たちは神の子、神の僕ですが、だからといって、全人類に降りかかる苦難から逃れられるわけではありません。神様は全能です。私たちにとって天のお父様です。私たちが必要としているものを正確にご存じであり、私たちを養ってくださいます。神様にできないことは何一つありません。

 

 

神が与え、人間が分配する

エリヤが宿営していた小川が干上がったので、エリヤはサレプタに向かいました。そこで神様は、生活だけできゅうきゅうとしていたやもめに、エリヤを養うようお命じになりました。神様が直接介入されるのはほとんどありません。たいていは人間に助けをお求めになります。

 

神様は人類を養い、地上で生きるために必要なものをすべて人類に与えてくださいます。しかし、その分配は人間が行っています。地球上の資源はそのほとんどが不公平に分配されています。これは神様のせいではなく、人間のせいなのです。

 

現実問題として、私たちが社会を変えることはできません。しかし、いただいたものを用いて善を行い、資源を公平に使うことは、私たちの責任です。そして、やもめの例は、善を行えないほど貧しい人や取るに足らない人はいないことを証明しています。

 

 

不可能に思えても

「神様に祝福していただくためには、神様が望んでおられることをしなければいけません。すると信じられないことも起こります。やもめは貧しくても従順であったため、祝福され、飢えから救われました。

 

こんにち神様は、戒めを守ることを―たとえそれによって最初は自分の状況が悪化しても―人々に求めておられます。そして、赦すこと、和解すること、悪に対して善で応じることを求めておられます。神様が私たちに与えようとする祝福は、地上の祝福ではなく、霊的な祝福です。つまりイエス・キリストが再びおいでになる時まで忠実であり続けるために必要なすべてを与えてくださるのです。

 

 

愛によって我々の救いが可能に

神様は次の三つの方法で祝福してくださいます。

 

  • 聖別を通して、直接祝福されます。これは他の誰にもできません。
  • 使徒職や教役職を通して、祝福されます。神様は説教、罪の赦し、サクラメントを通して、人間も用いて祝福されます。
  • 兄弟姉妹の集会を通して、祝福されます。エリヤも自分がいた辺境の地を離れなければなりませんでした。会衆の一員でなければ救われません。兄弟姉妹の祈りと支えが必要です。兄弟姉妹を愛し、兄弟姉妹から愛してもらうことが必要です。兄弟姉妹を愛することによって、自分が救われるのです。

 

神様がやもめにお求めになったことは、こんにちでも同じです。神様はこんにちの信者に、

 

  • 罪を犯すことでしか得られないものを、すべて捨てるよう求めておられます。皆さんが必要としているものや皆さんの願望が、罪を犯す言い訳にはならないのです。
  • 「救われて然るべき人間だ」という思い込みを捨てるよう求めておられます。私たちは恵みによって救われるのです。そして、私たちが神様と隣人のためにすることは何でも、感謝と愛からするのです。
  • 「自分がキリストになるのだ」という私たちの目標と相容れない姿勢を捨てるよう求めておられます。「私のために命を失う者は、それを得る」とイエス様は言われました。

 

神様はご自分の民を祝福されます。私たちを通して人々に善が行われることを求めておられます。神様の祝福とは、永遠に生きることです。永遠に生きるのに妨げとなるものをすべて捨てましょう。

 

原著: Andreas Rother

https://nac.today/en/158033/1184523→

nac.today: New Apostolic Church International

←2023年過去の記事

←ホーム