22. 4月 2024

信仰生活における服従と学び合い

信仰を熱心に、率直に、絶え間なく学ぶ姿勢、会衆との関わり、そして神様の呼びかけに熱意と信仰で取り組むこと - これがローデウィック使徒による説教の主旨です。

 

 

2024年3月15日(金)から18日(月)にかけて、ローデウィック使徒が日本を訪問しました。17日、使徒は多摩教会で礼拝を司式し、一人の魂が御霊の証印を受けました。
 

 

愛する兄弟姉妹の皆さん、及びインターネットで参加しておられる皆さん、主使徒と教区使徒は、私たちとそう遠くない所にいらっしゃいます。今、タイで奉仕されています。私は二人に「主使徒と教区使徒からの挨拶を多摩の会衆と日本におられる教会員にお伝えしてもよろしいですか」と尋ねたところ、お二人から「是非そうしていただきたい。愛を込めて挨拶を伝えてください」との返事をいただきました。


て、けさの聖句は使徒言行録8章30~31節を引用します。「フィリポが走り寄ると、預言者イザヤの書を朗読しているのが聞こえたので、『読んでいることがお分かりになりますか』と言った。宦官は、『手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう』と言い、馬車に乗って一緒に座るように、フィリポに頼んだ。」

 

愛する兄弟姉妹の皆さん、きょう皆さんとご一緒できることを、本当にありがたく、そしてうれしく思います。前回お会いした時から時間が経っていることを、私は気にしておりました。まず、皆さんに思い出していただきたいことがあります。昨年八月に主使徒が来日されましたね。その時のことを、ここ日本にいた時のことを、主使徒はよい思い出として記憶しているそうです。そこで、その時のことを振り返って考えてみよう、と私は思いました。主使徒が奉仕された礼拝はどのようなものだったでしょうか。引用された聖句は、ヨハネによる福音書10章9節でした。「私は門である。私を通って入る者は救われ、また出入りして牧草を見つける。」主使徒は、羊飼いのこと、羊たちのこと、そしてすべての人々に門が開かれていることを話されました。そしてけさ、私は控え室で、日本で使っている賛美歌のファイルを開いたのです。すると、最初のページには28番「御神の家の喜びよ」が載っていました。この賛美歌は、主使徒による礼拝の、開会の賛美歌だったのです。

 

さて、きょうは皆さんに一つ質問したいと思います。答えてくださらなくて結構ですが、ご自身で考えてみてください。質問とは、「皆さんの門は、神様の御言葉のために開いていますか。御言葉が教えていることのために開いていますか。皆さんの扉は、キリストが再びおいでになることを信じて受け入れるために開いていますか。その時に歌った開会の賛美歌「御神の家の喜びよ」を信じて受け入れるために開いていますか」というものです。皆さんが「はい、開いていますよ」と返事してくださることを願っています。
 

兄弟姉妹の皆さん、けさの聖句です。エチオピアから来た男性のお話です。フィリポという伝道者も登場します。フィリポはイエス・キリストと神様について証ししようとしていました。自分から進んで福音を広めようとしていました。つまり、神様の御手にある道具になったのです。今回の聖句が書かれている八章によれば、フィリポという名のこの伝道者は、サマリアへ行き、御言葉を広めました。信じる人たちに洗礼を授けました。しかしフィリポの働きはここまでです。次に彼は、御霊の証印を授けてもらうために、使徒を呼んだのです。フィリポの職務はこれでおしまいなのです。御霊の証印には使徒職が必要であることを、フィリポは理解していました。これが伝道者という司祭職の務めなのです。
 

アフリカのエチオピアから来た男性もいました。ちなみに私も生まれはアフリカです。この男性は女王の財宝を管理していました。物事をよく知っており、信心深い人でした。教養もあったに違いありません。彼自身キリストの教えについての話を聞いたり本で読んだりしていたからです。当時この人が住んでいた地域の人々は偶像を崇拝し、魔術やその他奇妙なことを行っていました。しかし彼はキリストについての話を聞いて、エルサレムにやって来て、キリストの教えについてもっと知ろうとしていました。聖書によれば、彼はエルサレムに行って、祈りと犠牲を献げなければならないことを聞いた、とあります。このエチオピアの男性はユダヤ人ではなかったため、神殿に入ることができませんでした。いろいろな制約がありましたが、周りの人がやっているとおりに、祈り、いけにえを献げました。献金をしました。彼はイエス様にも神様にも会ったことはありませんでした。神様はそんな彼の様子をご覧になっていました。兄弟姉妹の皆さん、ここで少し考えてみましょう。私たち全員が教役者になっているわけではありません。しかし全員が伝道者なのです。伝道者とは何でしょうか。福音を伝える人のことです。良い知らせを伝える人のことです。仕える人、意志がある人のことです。「天のお父様、御手にある道具として私を使ってください」と言える人のことです。誰かが見ている状況で自分自身を見つける機会はたくさんありますし、反応もできるでしょう。いつも神様の御手にある道具になろうとしていますか。神様はすべてをご存じです。
 

さて、フィリポの話に戻りましょう。基調聖句の前の節には次のように書いてあります。「さて、主の天使はフィリポに、『ここをたって南に向かい、エルサレムからガザに下る道を行け』と言った。」(26節)。まず神様はフィリポに話しかけても大丈夫であることを承知しておられました。命じたことを実行してくれる人物であることを分かっておられたのです。愛する兄弟姉妹の皆さん、神様は、ご自分の子である私たちも最善を尽くしてくれるということを分かっておられます。神様を頼りとし、神様を信じ、教会に通い、教会で楽しく過ごし、神様が語りかけるのを聞こうとすることによって、神様に自信があることを態度として示さなくてはいけません。フィリポは、神様を賛美し、神様を信じ、神様に頼り、神様を感じることによって、神様と良好な関係を保っていました。
 

フィリポは天使から「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザに下る道を行け」と命じられたわけですが、兄弟姉妹の皆さん、「ここをたって」と言われた時、寝ていればまず起きなければいけません。「起きて○○へ行け」と言われた時が、日曜の朝かも知れません。「インターネットで礼拝を見ればいいや」などと思うこともあるでしょう。かったるい時もあるでしょう。何か別にやりたいこともあるでしょう。しかし、フィリポはどうしたでしょうか。そこをたって、ガザに下る道を行ったのです。27節にはこう書いてあります。「フィリポは出かけて行った。折から、エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官が、エルサレムに礼拝に来て〔いた。〕」アフリカ大陸のエチオピアから来たこの宦官は女王の財宝を管理していた関係で、歩く必要はありませんでした。馬からひく車か、ろばがひく車かわかりませんが、そのようなものに乗って来たのでしょう。この車をフィリポが見ていると、天使は「追いかけて、あの馬車に寄り添って行け」と言いました。愛する兄弟姉妹の皆さん、時々神様は私たちにこう言われることがあります。「困難を克服するために、神からあなたを引き離しているものを克服するために、もう歩いていてはいけません。走りなさい。」「歩く」とは「あしたやれば良いや」と思うことです。「走る」とは「自分の信仰に対して真面目に考えている」ということです。私たちは自分の信仰に対して、どれほど真剣でしょうか。キリストの再臨に備えるために、キリストの福音をもっと勉強しようとする気持ちが、どれほど真面目にあるでしょうか。聖霊から「追いかけて寄り添って行け」と言われた時、フィリポはどうしたでしょうか。30節には「フィリポが走り寄〔った〕」と書かれています。兄弟姉妹の皆さん、私たちがどのような状況にあろうと、良い時もそうでない時も、祈りの中でキリストに向かって走り寄りましょう。「祈りは役に立つ」からです。神様に話しかけましょう。御言葉を聞きに行きましょう。神様の愛を感じましょう。
 

そういうわけでフィリポが走り寄ると、何かを朗読している宦官の声が聞こえました。宦官は読んでいる事柄についてもっとよく知りたかったのですが、理解できませんでした。兄弟姉妹の皆さん、私たちももっと知ろうとしなければいけません。イエス・キリストについて、もっと知ろうとしなければいけません。御霊の結ぶ実について、皆さんは分かっていますか。赦しについてはいかがでしょうか。聖餐について、良く理解していますか。永遠の命についてはどうでしょうか。すべて理解できているでしょうか。できていないと思います。ちなみに私は理解できていません。しかし私たちが朗読する中で、つまり努力する中で、神様が分からせてくださるのです。神様との関係を育むために、チャンスを生かしてもっとたくさんのことを学びましょう。もっとたくさんのことを知るようにしましょう。
 

フィリポは馬車の所までやって来ました。神様は二つのことを把握しておられました。一つは、エチオピアの宦官がもっとたくさんのことを知りたがっていること。もう一つは、僕であるフィリポが自分の知っている事柄を教えよう、証ししよう、理解の助けになろう、一緒に理解しようとしていることです。フィリポは宦官に「読んでいることがお分かりになりますか」と言いました。「あんたは誰だ。余計なお世話だ」なんて宦官から言われてしまうかも知れません。「教養があって、馬車に乗っているような人だ。どう話しかけようか」と思案する可能性もあったでしょう。しかし、結果がどう出ようと、フィリポは神様のご指示に従いました。これは私たちにも当てはまることなのです。生活している中でどのようなことが起こるか、いつも分かるわけではない、ということです。神様のご指示に従いましょう。「そうすれば、逆境にさらされたり、悲しくなったり、がっかりしたりすることは絶対にない」というわけではありません。ただ、神様が私たちの味方になり、寄り添ってくださるのですから、誰が私たちに反発できるというのでしょうか。皆さんに繰り返しますが、神様に頼ってください。信仰と経験を活用して神様を愛しましょう。誠を尽くすなら、神様は皆さんの味方になってくださいます。宦官はフィリポに言いました。「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう。」兄弟姉妹の皆さん、先ほど「すべて理解できているわけではない」と申し上げました。きょうのこともあしたのこともすべて分かるわけではありません。しかし神様は、私たちにとって必要な物事を示しくださっています。私たちが理解できなくても、神様が何とかしてくださいます。ただしそのためには御言葉につながっている必要があります。恵みの祭壇につながっている必要があります。罪の赦しにつながっている必要があります。キリストの体と血につながっている必要があります。そうするならば、神様が導いてくださいます。もっとたくさんのことが理解できるようにしてくださいます。時間がどれほどかかろうと、問題ではありません。必要なものは与えてくださいます。
 

宦官はフィリポに、馬車に乗って一緒に座るよう頼みました。こうしてフィリポは朗読していることについての解説ができるようになったのです。兄弟姉妹の皆さん、馬車とは何でしょうか。それは会衆のことです。教会のことです。神様も「馬車にお乗りなさい」と私たちに言っておられます。「隣にお座りなさい。理解できるようにしてあげよう」と言ってくださいます。馬車は乗り心地が少し堅いかも知れません。私たちの人生も堅い乗り心地のような時があります。しかし神様が導いてくださいます。一緒にいてくださいます。助けてくださいます。
 

フィリポが解説をしたことで、宦官は理解できるようになり、さらに「洗礼を受けることができますか」と尋ねました。神様の御国に入るためには、まず洗礼を受けなければならない、ということを理解したに違いありません。フィリポにはそれを執り行う権限があったため、宦官に洗礼を授けたのです。
 

そしてこの章の終わりのほうで、エチオピアの宦官は喜びに溢れて旅を続けた、と書かれています。兄弟姉妹の皆さん、礼拝後はいつも喜びに溢れたいと思います。神様が御言葉を通して語りかけ、導き、たくさんのことを理解させ、馬車に乗せて神様の隣に座らせてくださったからです。愛する兄弟姉妹の皆さん、この聖書のお話から、私たちがもう少し信じて走り寄る必要があることを分かっていただきたいです。神様の僕たちが皆さんに教えようとしていることをもう少し理解できるように、そして、私たちが神の子とさせていただいたこと、「行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたを私のもとに迎える」という約束をいただいていることをもう少し喜べるようにしていただきたいと思います。

↑このページの先頭

 

約束され、遣わされ、今も活動する聖霊

こちら→をクリックしてください。読んだ後にこのページに戻る場合は、ブラウザの「←」を押してください。

 

力と、愛と、思慮をもって

こちら→をクリックしてください。読んだ後にこのページに戻る場合は、ブラウザの「←」を押してください。

 

四旬節の意義

復活祭は、イエス・キリストが死者の中から復活なさったことをお祝いするものですから、キリスト教にとって中心的な存在です。イエス様の復活がなければ、キリスト教が将来にわたって存在し続ける意味はあり得ません。そして、イエス様の生涯と十字架の刑を受けられたことは、単なる歴史の一コマに終わることでしょう。


私たちが知るところのキリスト教は、イエス様が職務をお始めになったことから始まりました。イエス様の教えを通して、その教義が当時のユダヤ教の信念や教えとかなり異なることが、すぐに明らかになりました。ユダヤ人社会ではアブラハムの神が信仰の対象であり、人々は神から与えられた戒律を厳格に守って生活していました。多くのユダヤ人はメシアつまり救い主がおいでになることを信じていましたが、イエス様をその救い主つまりキリストとして受け入れ、イエス様の教えに従うことがなかなかできませんでした。ごくわずかなユダヤ人キリスト教徒とイエス様の弟子たちだけが、御教えを受け入れ、イエス様が御子なる神様であることを信じました。そして、この違いが要因となり、イエス様に従う人々は主流のユダヤ教と袂を分かつことになりました。


キリストが十字架の刑に処せられたあとも、使徒たちは御教えの宣教を継続しました。ところが300年にわたり、キリスト教は当局から認められませんでした。その結果、初期のキリスト教徒は、その信仰の故に厳しく非難され、社会において残忍な迫害を受けました。無慈悲で野蛮な行為を受けたにもかかわらず、ユダヤ人以外の人々である異邦人たちが、キリスト教を受け入れ始めました。そのおかげで、キリスト教は、ヨーロッパ、中東、そして一部の北アフリカに広がる地中海沿岸に伝わって行きました。


紀元313年、ローマ皇帝コンスタンティヌスの統治下で、ついにキリスト教は合法化されました。コンスタンティヌスは、自身の皇帝としての影響力が著しく弱まっていることを認識していました。人々の中で広がるキリスト教で、広大な自分の帝国を統一できるのではないか、と思ったわけです。ともあれ、キリスト教徒は迫害を恐れることなく、公然と信仰を実践できるようになりました。しかし、各教会のキリスト教指導者たちの間で、教義上の論争が繰り広げられていて、キリスト教の一致が危機にさらされました。イエス・キリストが神と同等の存在と見なされるべきか、それとも創造された存在と見なすべきかという議論が、一致を危機にさらす原因の核心にあったのです。


紀元325年、ローマ皇帝コンスタンティヌスは、キリスト教会の指導者たちの間で一致を図るために、ニカイアという都市で会議を開催しました。会議の目的は、イエス・キリストがどのようなお方なのかについての統一見解を確立し、キリスト教の基盤となる共通した一連の信条を定めることでした。コンスタンティヌスは、教会の指導者たちに、キリストの位格結合について解決を図り合意形成に至らせることを強制しました。位格結合とは「イエス様は本当の神であり、本当の人である」ということです。そしてこの会議において、ニカイア信条が成立しました。これは、キリスト教会にとって基本となる一連の信条をまとめたものです。さらにこの公会議では、キリスト者が日常生活において実践すべき儀礼が定められました。この儀礼の中には、キリスト教の祝祭としてこんにちでも行われているものがあります。その一つが四旬節です。クリスマスの準備期間である待降節に似ています。

 

待降節は御子イエス様の誕生を慕い求めお祝いする時なのに対し、四旬節は復活祭までの四十日間をいいます。四旬節は、厳粛な気持ちで自分自身を反省し、復活祭の日にイエス様の死と復活をお祝いするための、心を込めた準備期間とされています。灰の水曜日から始まり復活祭の日曜日に終わる四旬節は、断食と禁欲の時期とするのが慣習となっています。


四十日という期間は、イエス様が断食し、サタンの誘惑に耐えながら、ご自身の使命開始に乗り出すのを阻止しようとする試みを退けられた、荒れ野における誘惑の時期を彷彿とさせます。同じように、イエス様の生涯、宣教活動、犠牲、そして復活に焦点を当てる期間であることを示すために、断食の機会を毎年信徒に設けているのが、四旬節です。


先ほど申し上げたように、灰の水曜日から四旬節が始まります。灰の水曜日は、前年の棕櫚の聖日から集めておいたなつめやしの枝やその葉から十字架を作り、それを焼いて集めた灰を清めるという行為が昔から行われてきたことからその名前がついています。一部の教会では、人々の額に灰で十字を描いて、四旬節の断食が始まったことを知らせます。灰の水曜日の前日は告解火曜日として知られています。「告解」とは罪を赦していただく準備として、自身の犯した罪を告白することに由来します。さらに四旬節に備え、信徒たちは告解火曜日を、自己反省の日として活用し、どのような罪を悔い改めなければいけないか、または霊的に成長する中でどのような変化に焦点を当てたいかを、断食期間中に考えます。


告解火曜日には実用的な側面もあります。数世紀の後、断食の準備をするキリスト教徒は、告解火曜日を利用して、断食期間中に摂取することのない食品を全て摂取しました。肉、魚、卵、牛乳、脂肪や糖分の多い物を、断食の準備中に全て摂取してしまうのです。こうした食材を組み合わせて、パンケーキの生地ができました。そこで、告解火曜日がパンケーキデーとしても知られるようになったのです。


こんにちでは、世界中のキリスト教徒がさまざまな方法で四旬節をお祝いします。伝統的な宗派の多くは、灰の水曜日に額に灰を塗り、その時から復活祭まで、肉、魚、卵、脂肪分の断食をしっかり行います。この期間、一種類の食材だけを断つ宗派もあるようです。一般的には、コーヒーやチョコレート、アルコール、肉などの嗜好品です。テレビを見たり、ジムに行ったりするなどの日常の習慣を控える人もいらっしゃるでしょう。あるいは、ソーシャルメディアから離れて時間を作って、自分の信仰とキリストへの献身を見つめ直す人もいらっしゃるでしょう。信徒の中には四旬節を利用して、聖書を読んで勉強したり、より熱心に祈ったり、隣人を敬い愛する方法として日常より寛大さの実践を心がけたりする人もいらっしゃいます。

新使徒教会西太平洋教区「ステイングコネクテッド」

https://www.nacwesternpacific.org/→

こちら→も参照してください。

↑このページの先頭

←ホーム