13. 5月 2026

イエス・キリストは弟子たちを祝福されました。そして去って行かれました。そういうご計画でした。しかし、そもそもどのようなご計画だったのでしょうか。

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特別な出来事が起きたにしては、オリーブ山という、エルサレムの東にある、あまり目立たない場所でした。群衆はおらず、数人の人々が、最後に主を囲んで立っていました。イエス様は彼らを祝福されました(ルカ24:50)。そして主は雲に包まれて天へ上げられ、去って行かれました(新使徒教会教理要綱3.4.12→)。

 

見上げる先に——すべてが変わる

 

その朝、弟子たちの知らぬ間にいなくなったわけではありませんでした。使徒言行録には、「イエスは彼らが見ている前で天に上げられ、雲に覆われて見えなくなった」と書かれています(使徒1:9)。イエス様は、目撃者のいない状態で復活されましたが、その時と違い、昇天は目に見える別れでした。復活祭からその時までには四十日が経っていました。聖書において「四十」という数は、備えとか試みを象徴しています。イスラエルは四十年間荒(あれ)野(の)にとどまり、モーセは四十日間シナイ山に滞在し、そしてイエス様は誘惑を受けられる前に四十日間荒(あれ)野(の)で断食をされました。この数字には、「神は完成へと導く前に、備える」という、一つの型があります。

 

そして、静寂が訪れます。それにしてもイエス様はどこへ行かれたのでしょうか。  天国へ帰られました。天国とは、宇宙空間にある場所ではなく、神様の御前に実在する、人間の目には隠されているものの、厳然((げんぜん)と存在するものです。イエス様は出たところに帰って行かれました(ヨハ16:28)。物事が一巡したと同時に、全く新しい何かが始まったのです。

 

「父の右に」という慣れ親しんだ表現

 

「キリストは全能の父なる神の右に座しておられる。」キリスト教徒は何世紀もそう言い続けています。使徒信条にも、ニカイア・コンスタンティノポリス信条にも、そして新使徒信条にも、このことは告白されています。あまりに慣れ親しんで、意識すらしなくなっています。しかし、これにはキリスト教において極めて意味のある事柄が含まれているのです。それは「昇天とは神様が退かれたのではなく、神様が明らかな形で統治しておられる」ということです(新使徒教会教理要綱3.4.14→)。

 

「右に座して」とは、諸王の用いる言葉遣いに由来するものです。権力者の右に座る者がその権力を共有するのです。詩編の著者は次のように預言しています。「主は、私の主に言われた。/『私の右に座れ/私があなたの敵をあなたの足台とするときまで』」(詩110:1)。ここでの約束が、キリストの昇天を以(もつ)て実現したのです。キリストが統治されるのです。

 

さらに、この言葉にはなお深い意味があります。キリストは御自身の民のために執り成しておられます。「キリスト・イエスが、…私たちのために執り成してくださるのです」(ロマ8:34)。ヘブライ人への手紙は、主について、「天そのものに入り、今や私たちのために神の前に現れてくださった」と述べています(ヘブ9:24)。この執り成しは、単なる敬虔な姿勢を後から付け足したのではなく、高められたキリストご自身からの働きなのです。

 

遣わされたことで終わりではなく、始まり

 

人が去り行く時、どのような言葉を残すものでしょうか。イエス様はご自分が去られる時、慰めの言葉をかけたのではなく、弟子たちに使命と、それを遂行するための権限を授けられました。「私は天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って…」(マタ28:18–19)。そして、弟子たちの使命は、個人の創意工夫によるものではありません。それはキリストご自身の使命を分かち合うこと(ミッシオ・デイ)なのです。「父が私をお遣わしになったように、私もあなたがたを遣わす」(ヨハ20:21)。

 

つまり、昇天日は塞(ふさ)ぎ込む日ではない、ということです。従者が弟子になる瞬間、キリストがこの地上で過ごされた生涯の目撃者が復活されたお方の目撃者になる瞬間なのです。「エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、私の証人となる」(使徒1:8)。この使命はこんにちに至るまで有効です。

 

弟子たちの確信は、「いつ」を知っていることではなく、「誰」を知っていることに基づいています。イエス様ご自身も「父の約束されたものを待ちなさい」と言われました(使徒1:4)。弟子たちの忍耐(ヒュポモネー)は、受け身で待つことでも、何もせずに待つことことでもありません。神様が成そうとしておられることに自(みずか)らを整える、能動的な信仰の姿勢なのです。そして十日後、五旬節(ペンテコステ)の朝が訪れます。

 

考察——昇天なくして聖霊の降臨はない

 

イエス様のご発言において、最も驚くべきものの一つに、次のようなものがあります。「私が去って行くのは、あなたがたのためになる。私が去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。私が行けば、弁護者をあなたがたのところに送る」(ヨハ16:7)。主が去られる際にはつらさも悲しみも謝罪もありませんでした。あったのは約束です。イエス様が去られることは前提条件であって、損失ではありません。昇天によって、神様との近しさが終わったのではなく、新しい形での神様との近しさが始まったのです。

 

イエス様が人として地上におられた間は、特定の場所や時間による制約がありました。しかし、聖霊が遣わされたこと(ミッシオ・スピリトゥス)によって、この制約はなくなりました。聖霊は特定の場所、時間、文化の制約を受けません。ヨハネは、「イエスはまだ栄光を受けておられなかったので」、聖霊はまだ与えられていなかったと書いています(ヨハ 7:39)。キリストの昇天は、目に見えるお姿としての最後であり、聖霊降臨にとって不可欠な前提条件なのです(新使徒教会教理要綱3.5→)。

 

このことは、計り知れないほど大きな意味を持っています。別れは、新しい何かへの扉を開く可能性があるということです。失われたように見えるものが、実は失われたものよりも大きなものの始まりであることもあるのです。弟子たちはこれを体験しました。昇天されてから十日後、聖霊が彼らに降(くだ)り、不安と混乱の中にいた人たちを、世界を変える共同体へと変貌させたのです(使徒 2:1–4)。


切望されるもの——「主よ、来りませ!」

 

オリーブ山で弟子たちが最後に耳にした言葉は、イエス様からではなく、白い衣(ころも)を着た二人の人からのものでした。「あなたがたを離れて天に上げられたイエスは、天に昇って行くのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またお出でになる」(使徒1:11)。このイエス様と別れには、そもそも最初から「再臨」も約束されていたのです。

 

再臨への待望には、初期キリスト教会と同じくらい古い呼び名があります。「マラナ・タ(Maran atha)」とは、アラム語で「主よ、来(きた)りませ〔主よ、来てください〕」という意味です。これは初期教会の最も古い祈りの一つです(一コリ16:22)。ただの願望ではありません。心構えです。キリストの昇天によって始まったことを完成させたいという切なる願いなのです。高く上げられたキリストは、また戻って、ご自身の民を御(み)許(もと)へ迎えようとしておられます。ヨハネによる福音書 17章24節には次のように書かれています。「父よ、私に与えてくださった人々を、私のいる所に、共にいるようにしてください。」この世に生きる人にも故人にもこのことは保証されており(一テサ 4:15–17)、キリスト者の希望の核心を形作っています(パルーシア:再臨)新使徒教会教理要綱3.4.15→)。

 

キリストの昇天と再臨は、出発と到着のように、切り離すことができない一対のものです。昇天日を記念する人は、別れを祝うのではなく、約束を祝うのです。

 

「マラナ・タ。主よ、来りませ!」

 

Oliver Rütten(翻訳:日本新使徒教会)
nac.today: New Apostolic Church International

 

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