6 イエス・キリストの教会
イエス・キリストの教会は、聖霊が注がれたペンテコステの時に創立されました。使徒ペトロが説教を行い、三千人ほどが入信しました。彼らはバプテスマを受け、使徒たちと共に最初の教会を造りました。これはエルサレムでの出来事です。
389 初期のキリスト教徒たちにはどのような特色がありましたか。
初期のキリスト教徒は「使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心」でした(使徒2:42)。このことがイエス・キリストの教会にとって決定的な意味を持ちました。
390 初期の会衆に起こった重要な出来事は、どこから知ることができますか。
初期の会衆については、新約聖書の使徒言行録や使徒書簡から知ることができます。
ペンテコステが起きた後、信徒に聖霊が注がれて、イエス・キリストの教会は発展を続けました。使徒や教役者は教会の中で活動を始めました。福音を宣教し、サクラメントを施(ほどこ)しました。
会衆はローマ帝国全土に展開しました。ユダヤ人にもそれ以外の人々にも、キリスト教は広まっていったのです。
初期キリスト教徒がいた時代、ローマ帝国は、世界を支配するほどの権力を持っていました。その勢力範囲は地中海全地域のみならず中東にまで及んでいました。流通網が整備され、ギリシア語(のちにラテン語)が公用語であったことは、福音の宣教にとって非常に有利な条件でした。
イエス・キリストから与えられた大宣教令 ― すべての国民を教え、バプテスマを授けること ― を実行するために、使徒たちは様々な地域で活動しました。ペトロはユダヤ人を中心に福音を宣教し、パウロとバルナバは地中海地域の諸国を回りました。福音はアジアやアフリカまで広がりました。エジプト、トルコ、ギリシア、リビア、マケドニア、シリア、キプロスに教会が設立されました。
使徒たちは多くの悩みを覚え、苦難に遭いながら、キリストの奉仕を実行しました。使徒パウロはコリントの信徒への手紙二11章25-28節で次のように述べています。「鞭(むち)で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度。一昼夜海上に漂ったこともありました。しばしば旅をし、川の難、盗賊の難、同胞からの難、異邦人からの難、町での難、荒れ野での難、海上の難、偽(にせ)の兄弟たちからの難に遭い、苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました。このほかにもまだあるが、その上に、日々わたしに迫るやっかい事、あらゆる教会についての心配事があります。」
信徒の多くは、迫害を受けるようになったため、エルサレムから逃げました(使徒8:1; 11:19それぞれ参照)。しかし彼らは新しい環境の中でもキリスト教を広め、主の御言葉を宣教しました。例えばフィリポは、サマリアで宣教活動を行いました。
英語の『ミッション』という語は、「任務」「勅令」を意味するラテン語が語源です。キリスト教徒でない人たちをキリスト教の信仰すなわち福音に帰依(きえ)させるための努力を表します。
394 初代使徒たちの最後について、どのような記録がありますか。
聖書には、初代使徒たちの最後について、あいまいな記述がごくわずかしかありません。聖書以外の文献によれば、多くの使徒たちが殉教の死を遂げました。その中で最後の使徒として活動したのが、使徒ヨハネであるといわれています。ヨハネは、エルサレムの神殿が紀元70年に破壊された後、小アジアに移り、エフェソの教会を中心に活動しました。
『殉教(じゅんきょう)』を意味する英語はギリシア語で「証人」を意味するマルテュスが語源です。自らの信仰によって暴力を受けて亡くなる人を「殉教者」と言います。殉教者の例が執事ステファノであります。ステファノは、イエス・キリストのことを告白している時に、投石を受け亡くなりました。彼に対する投石をめぐる出来事については、使徒言行録7章に記述されています。
初代使徒たちの死後、イエスが委託されていたサクラメントの施し、罪の赦し、福音宣教といった職務は行われなくなりました。その結果、聖霊の賜物を施(ほどこ)すことができなくなりました。他の職務上の賜物も、使徒職から受けることができなくなりました。しかし福音は引き続き広まっていきました。福音とキリスト教的価値体系は、信徒たちによってますます拡大しました。
396 初代キリスト教会の人たちはどのような生活を送っていましたか。
初期のキリスト教徒は、非ユダヤ国家においては、その国の神々を崇拝しないという理由で、反宗教者として迫害されました。不作になったり地震や洪水が起きたりすると、キリスト教徒のせいにされました。不作や地震や洪水が、彼らを迫害する言い訳にされていました。ローマ帝国はキリスト教の廃絶を試みました。その最初が紀元64年に起きた皇帝ネロによる迫害です。
はい。初代使徒たちが死に絶え、キリスト教徒が迫害を受けても、教会は発展しました。イエス・キリストを信じイエスが主であることを告白した人々は、サクラメントの一つである洗礼[水のバプテスマ]を受けたことにより、キリストの体の一部となりました。このようにして、イエス・キリストの教会は、世界中に広がっていったのです。
399 キリストの教会に再び使徒が与えられたのはいつですか。
初代使徒の時代が終わると、使徒職を担(にな)う人はいなくなりました。しかし、使徒職そのものは存続していました。1832年、神は再度、この使徒職を再興されました。
イングランド、スコットランド、ドイツにいた様々な教派の信者が、初代使徒たちの時代と同様に、聖霊が再び力をもって活動していただけることを求めて、祈りを捧げていました。このような聖霊待望論は、神が再び使徒を遣わして下さることへの希望につながるものでした。
そして1832年、ジョン・ベイト・カーディルというロンドン在住のキリスト教を信仰する男性が、聖霊によって使徒職に召され、ヘンリー・ドラモンドによって使徒に任職されました。1832年のクリスマスに、ジョン・ベイト・カーディルは、使徒として最初の職務行為である叙任を行いました。
告白: 問36→の解説を参照
401 使徒職の再興は、キリストの教会にとってどのような意味を持ちましたか。
使徒職が再興されたことにより、キリストの教会において使徒職を担(にな)う人が再び現れました。使徒職は、すべてのサクラメントを施(ほどこ)す権限を有し、キリストの再臨が差し迫っていることを常に確信させ、花嫁の会衆を準備させます。かつてキリストの教会ができる基礎の段階にいた時と同じように、使徒職が興(おこ)されたのです。つまり再び聖霊という賜物が施されるようになったということです。それだけでなく、罪の赦しも再び使徒によって宣言されるようになりました。同様に、叙任についても行われるようになりました。
イエス・キリストは御自身の教会を支配されます。そのためにキリストは使徒を活用されます。使徒職は、教会に最初から存在した教役職です。使徒職は、イエス御自身が制定された唯一の教役職です。使徒の職務において最も重要なものは、世界中に福音を宣教し、罪の赦しを宣言し、この世の者たちと陰府(よみ)の者たちにサクラメントを施(ほどこ)し、教役者の叙任を行うことです。そこで花嫁の会衆は、使徒の働きかけによって、集められ、キリスト再臨のために備えを受けます。
現在、使徒は新使徒教会で活動しています。とはいえ使徒職は新使徒教会にだけ与えられたわけではありません。イエス・キリストの教会すべてに与えられているのです。使徒職の任務は、教会のあらゆる部分にその職務の機能を浸透させることです。
使徒はすべての国々に遣わされており、この任務を完了させるために、世界中に教会を設立し、信徒をイエス・キリストに導きます。
404 イエス・キリストの教会で、サクラメントは誰が施しますか。
すべてのサクラメント ― 洗礼[水のバプテスマ]、聖餐、御霊の証印 ― の施(ほどこ)しは、使徒職に委ねられてきました。使徒は陰府にいる魂にもサクラメントを施します。
御霊の証印は使徒だけが施します。
新使徒教会では、聖餐と洗礼は、使徒の委任を受けた司祭職も施します。
洗礼の施しは、すべての教派の教会に委ねられています。つまり、父、御子、御霊なる神の御名によって洗礼が行われる所であれば、信徒はキリスト教会に属しているということです。
405 キリストが再臨される時、教会にはどのようなことがありますか。
キリストが再臨される時、教会のある部分 ― つまり花嫁の会衆(初穂) ― は、神の御許(みもと)に引き上げられます。彼らは天において、イエス・キリストとの「婚礼」に臨みます(黙19:6-7参照)。
教会のもう一つの部分はこの世に残って、大きな苦難に遭いながら自らを証ししなければなりません。この世に残るキリスト教徒は、この苦難に晒(さら)されることになります(黙12章参照)。
「わたしはまた、大群衆の声のようなもの、多くの水のとどろきや、激しい雷のようなものが、こう言うのを聞いた。「ハレルヤ、/ 全能者であり、/ わたしたちの神である主が王となられた。わたしたちは喜び、大いに喜び、/ 神の栄光をたたえよう。小羊の婚礼の日が来て、/ 花嫁は用意を整えた。」 黙19: 6-7
「竜は、自分が地上へ投げ落とされたと分かると、男の子を産んだ女の後を追った。竜は女に対して激しく怒り、その子孫の残りの者たち、すなわち、神の掟(おきて)を守り、イエスの証しを守りとおしている者たちと戦おうとして出て行った。」 黙12: 13, 17
406 洗礼を受けたすべての者たちが、イエス・キリストに属すのですか。
イエス・キリストを信じ神の御子が自分たちの主であることを告白する人たちはすべて、キリスト教会の一部です。彼らは父、御子、御霊なる三位一体の神の御名において洗礼を受けています。
しかし洗礼を受けたすべての人が、信じて告白しているわけではありません。従って、洗礼を受けたすべての人がキリスト教会に属しているわけではありません。
多くのキリスト教集団(教派)が成立した理由は、文化的、社会的、歴史的に多様であるのと、福音が様々に解釈されることにあります。
教派: 問365→の解説を参照
非常に幅広く捉(とら)えれば、人間を形成するものはすべて『文化』であるといえるでしょう。人や国家によって文化に様々な特徴があるのは、生活様式、歴史、経験、宗教的政治的要因、風習、世界観、信念などによるものです。
「社会的」という語は、個々人が近くの人や集団と関係し合ったり、関心を持ち合ったりしていることを表現するのに用いられます。
408 イエス・キリストの教会は、どこで体験することができますか。
一致性、聖性、普遍性、使徒性が、程度の差こそあれ存在しているところであれば、どこでもキリスト教会であることを実感できます。
使徒職が存在し、この世の人々にも陰府(よみ)の者たちにもサクラメントが施(ほどこ)され、御言葉が正しく宣教されているならば、キリスト教会であると明確に言えます。そこでは主による贖いの業が行われており、キリストの花嫁たちが天の婚礼に備えております。
教会であることを示す特徴(一致性、聖性、普遍性、使徒性): 問381→以降を参照 / 主による贖いの業: 問386→, 387→を参照
409 イエス・キリストの教会の未来について、どのようなことが言えますか。
キリストが再臨される時、教会のある部分 ― つまり花嫁の会衆 ― は、神の御許(みもと)に引き上げられます。教会のもう一つの部分はこの世に残って、大きな苦難に遭いながら自(みずか)らを証ししなければなりません。平和の御国においては、教会が現されて、王の血筋を引く祭司たちがこの世の全人類に福音を宣べ伝えます。新天新地において、神を永遠に崇(あが)め称(たた)えるのです。
平和の御国: 問575→以降を参照 / 王の血筋を引く祭司: 問574→, 577→を参照 / 新天新地: 問581→を参照
410 キリスト教の各教派において共通していることは何ですか。
キリスト教の各教派に共通すべき要素の一部として、父、御子、御霊なる神の名による洗礼、イエス・キリストを告白すること、三位一体の神を信じることが挙げられます。
信仰生活を営み、キリストが主であることを告白する受洗者たちによって、教会が信仰と希望と愛の交わりであることを実感できるのです。