6.4.4 イエス・キリストの教会とサクラメント

信心深い魂が正しい形で洗礼が受けられる所であれば ― つまり父、御子、御霊なる神の御名によって洗礼が受けられる所であれば ― 神の恵みによってどこでもキリストの体に組み入れられることが可能である。洗礼は教会全般に委ねられてきたものである。このことは新使徒信条第六条に定められている。「私は、水のバプテスマが聖霊による人の新生に至る第一段階であること、水のバプテスマを受けた者が、イエス・キリストを信じイエス・キリストが主であることを公 (おおやけ) に宣べ伝える者たちの仲間に加わることを信じます。」

 

使徒職は、サクラメント ― 洗礼、聖餐、御霊の証印 ― の執行全体を委託されている。このサクラメントを、使徒は故人にも執 (と) り行う。

 

サクラメントの一つである聖餐は、主の体と血だけでなくキリストの犠牲による食卓の交わりとして、使徒を伴った適切な方法で執り行われる。新使徒信条第七条では次のように定められている。「私は、キリストが完全に有効な犠牲としてただ一度捧げられ、断腸の苦しみを受けた末に死なれたことを記念して、キリスト御自身により聖餐が制定されたことを信じます。聖餐にふさわしく与 (あずか) ることにより、私たちの主であられるイエス・キリストとの交わりが築かれます。聖餐は、種入れぬパンとぶどう酒によって、執り行われます。このパンとぶどう酒は、必ず使徒から任職を受けた教役者が聖別して、これを施 (ほどこ) します。」

 

御霊の証印は、新使徒信条第八条に定めてあるように、使徒だけが執り行うことのできるサクラメントである。「私は、水のバプテスマを受けた者が、神の子としての身分を受け、初穂となる要件を獲得するために、使徒によって聖霊に与らなければならないことを信じます。」

まとめ

バプテスマが適切に行われるならば、キリストの体の一部に組み入れられる。洗礼は、一般的な教会すべてにその執行を委ねられている。 (6.4.4→)

 

サクラメントの執行は、包括的に使徒の職務である。三つのサクラメントは、使徒によって故人にも執行される。 (6.4.4→)

 

聖餐は、使徒職が関わる適切な形で、食卓の交わりとして執り行われる。その交わりには主の体と血をはじめとするキリストの犠牲が存在する。 (6.4.4→)

 

御霊の証印だけは、使徒しか執り行うことができない。 (6.4.4→)