3 三位一体の神

107 「イエス」という名は、どういう意味ですか。


「イエス」とは、「主は救い給(たま)う」という意味です。


天使ガブリエルは、イエスの降誕を伝えた時、生まれてくる赤子の名前も告げました。「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい」(ルカ1:31)。同様にヨセフも、子供の呼び名についてお告げを受けていました「[…]その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」(マタ1:21)。


このように、名前からも明らかなように、イエスは約束されていた救い主であり贖い主です。

108 イエス・キリストが贖い主であることを、どうすればわかりますか。


イエス・キリストは、御自身の行動の中で、御自分が神から遣わされた贖い主(=救い主)であることをお示しになりました。「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患(わずら)っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている」(マタ11:5)。特に、イエス・キリストが贖い主であることは、イエスが神の御旨を宣べ伝え、人類を贖う、つまり、人類を罪とそれによる罪責から解放するために、御自身の命を捧げられた事実からも明らかです。

109 イエス・キリストによってしか、贖いに与(あずか)ることはできないのですか。

 

はい。イエス・キリストによって、はじめて贖いが可能となります。イエスによってしか、救いに向かうことはできません。

「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。 」使徒4: 12

110 イエスに与えられた「権威者の称号」には、どのような意味がありますか。


「権威者の称号」とは、イエスの持つ無類の人物としての様々な特質を言い表すために、聖書の中で用いている、神の御子に対する名称や称号です。

例えば国王や皇帝など、貴族の流れをくむ人物に対しては「殿下」「陛下」など権威者を表す称号が用いられます。

111 「キリスト」という権威者の称号には、どのような意味がありますか。 


「キリスト」という語は「油を注がれた者」を意味するギリシア語(クリストス)が語源です。


旧約の時代、国王たちは油注ぎを受けました(詩20:6参照)。油注ぎという行為は、神聖な奉仕を行う際に、聖別としての意味を持ちました。イエスが「油注がれた者」と称されるのは、イエスがすべての主であり、人と神とを和解させて下さり、神の御旨を宣べ伝えるお方であるためです。


権威者の称号である「キリスト」の、イエスとのつながりが非常に濃いために、イエス・キリストが正式名称となりました。

112 「メシア」という権威者の称号には、どのような意味がありますか。 


「メシア」という語も「油注がれた者」を意味するヘブライ語が語源です。ナザレのイエスがイスラエルから待望されていたキリストであるということは、新約聖書の中で強調されています。

113 権威者の称号である「主」には、どのような意味がありますか。 


旧約聖書には、神を表す語として、「主」という表現が散見されます。新約聖書では、イエス・キリストへの権威者の称号としても用いられています。このように「主」という称号は、イエス・キリストが備え持つ天来の権威を表しています。それゆえ「主」は、他のあらゆる尊称よりはるかに高位にあることを表しています。イエスを「主」と呼ぶ場合、イエスが神であることを言おうとしていることにもなります。

114 権威者の称号である「人の子」には、どのような意味がありますか。 


権威者の称号として「人の子」という表現を用いる場合は、一般的な人間の子を表すのではなく、人類を裁き、支配する、天にいますお方を表します。


イエスの時代、ユダヤ教の教えに熱心であったユダヤ人は、「人の子」が神から遣わされた支配者であると思っていました。ヨハネによる福音書3章13節によれば、イエス御自身も、自分が天からやって来た人の子であると述べておられます。このように、イエスには、罪を赦し救いをもたらす力が備わっているのです(マタ9:6)。

「人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」 ルカ19: 10

115 イエスに与えられた権威者の称号は、他にもありますか。


はい。聖書には他にも、イエスに与えられた権威者の称号として「インマヌエル」「神の僕(しもべ)」「ダビデの子」があります。


インマヌエルとはヘブライ語で「神我らと共にあり」という意味です。イエス・キリストにインマヌエルという権威者の称号があるのは、人類に救いを提供するために、イエス・キリストという形で神が人々に示されるようになったからです。


「神の僕」は、神の奉仕において働きが特に顕著(けんちょ)であった人物を表す称号として、聖書の中で用いられています。イエスを「神の僕」と呼ぶ場合は、イエスの人類に対する奉仕と、人類の身代わりとして苦しまれたことを表しています。


新約聖書では、イエス・キリストの称号の一つとして「ダビデの子」という表現が用いられています。マタイによる福音書の冒頭でも「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図」とあります(マタイ1:1)。これは、ダビデに与えられた約束が、イエス・キリストという形で成就したことを意味しています(サム下7章参照; 使徒13:32-37参照)。

116 イエス・キリストは、御自身に与えられた聖なる任務を、どのような方法で遂行されましたか。


イエス・キリストは王、祭司、預言者として活動されました。


王というと、支配や統治をイメージします。旧約時代、祭司の職務は、人が神と和解するための執り成しをすることでした。預言者は、天来の御旨を宣べ伝え、これから起こることを予告しました。これら一切の職務を、全くの無瑕疵でなさったのが、イエス・キリストです。

117 「イエス・キリストは王である」とは、どういう意味ですか。


イエス・キリストは、平和と正義の王として、エルサレムに入られました。大国であったローマ帝国の総督であったピラトの面前でも、イエスは御自分が王であり真理を証しする者であることを公言されました。


しかし、イエスが王である根拠は、この世の支配ではなく、力が外部に誇示されるからでもありません。イエスの働きにある権威や、奇跡を行うための力によって、王であることがわかるのです。


イエス・キリストに備わっている、王としての威厳については、ヨハネの黙示録の中ではっきりと書かれていて、イエスを「地上の王たちの支配者」と述べています(黙1:5)。

「そこでピラトが、『それでは、やはり王なのか』と言うと、イエスはお答えになった。『わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。』」 ヨハ18: 37

イスラエル民族の歴史におけるおもな国王:

  • サウル
  • ダビデ
  • ソロモン
  • ヒゼキヤ

118 「イエス・キリストは祭司である」とはどういう意味ですか。


旧約時代における祭司の職務の中で最も重要なものは、神の御前にいけにえを捧げることによって、恵みを見出すことでした。イエス・キリストは祭司たちの頂点に立つお方であり、真の大祭司です。イエス・キリストは、人類を霊の死から救い出し、永遠の命を得させるために、御自分の罪無き命を犠牲にされました。


旧約時代、大祭司には、人々の罪を神の御前に差し出すという務めがありました。その目的で、彼らは年に一度―すなわち贖罪の日に―神殿で最も神聖な場所(至聖所(しせいじょ))に入り、人々のために執り成しを行いました。旧約時代の大祭司と異なり、イエス・キリストは、神と和解をする必要がありませんでした。むしろイエス・キリスト御自身が、罪をお赦しになる調停者なのです。


イエスによる犠牲の死:  問98→以降, 177→以降を参照

旧約時代のおもな祭司:

  • メルキゼデク
  • アロン
  • エリ
  • ツァドク<口語訳=ザドク>

119 「イエス・キリストは預言者である」とはどういう意味ですか。


神はモーセにこう約束されました。「わたしは彼らのために、同胞の中からあなたのような預言者を立ててその口にわたしの言葉を授ける。彼はわたしが命じることをすべて彼らに告げるであろう」(申18:18)。ここでいう預言者とは、イエス・キリストを指します。


預言者としてのイエス・キリストは、神の御旨を宣べ伝えました。生き方を示し、将来起こる出来事を明らかにしておられます。イエスは、この世に別れを告げる際に、聖霊がおいでになることを約束しておられます。ヨハネの黙示録では、新天新地の創造に至る救いの働きの過程が、イエスによって明らかにされております。


イエスが宣言された事柄は、永遠に有効です「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」(マコ13:31)。

「そのときには、世界の初めから今までなく、今後も決してないほどの大きな苦難が来るからである。神がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、神は選ばれた人たちのために、その期間を縮めてくださるであろう。」 マタ24: 21-22


「それから、太陽と月と星に徴が現れる。地上では海がどよめき荒れ狂うので、諸国の民は、なすすべを知らず、不安に陥る。人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失うだろう。天体が揺り動かされるからである。そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ。」 ルカ21: 25-28

イスラエル民族の歴史におけるおもな預言者:

  • モーセ
  • サムエル
  • エリヤ
  • エリシャ
  • エレミヤ
  • イザヤ
  • バプテスマのヨハネ

120 人としてのイエス・キリストやその活動については、どこに書かれていますか。


新約聖書のマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四福音書には、イエス・キリストの生涯やその活動について記録されています。しかし、これら四福音書の著者である福音伝道者たちは、イエスの伝記を書こうとしたわけではありません。ナザレのイエスがメシアであるという信仰を公(おおやけ)に広めているのです。


メシア: 問112→を参照

121 神の御子はどのようにして人の姿となられましたか。


神の御子は、ベツレヘムで処女マリアから生まれました。御子の降誕については、マタイとルカの両福音書に書かれています。御子イエスがお生まれになったのは、ヘロデがユダヤの王として統治し、アウグストゥスがローマ皇帝であった頃でした。


実際にイエスはこの世で人生を過ごされました。世界の歴史においても登場する実在の人物であり、詩や伝説の世界の登場人物ではありません。

122 イエスの降誕に先立って、どのような出来事がありましたか。


天使ガブリエルは処女マリアに次のように伝えました。「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治(おさ)め、その支配は終わることがない」(ルカ1:31-33)。


それからガブリエルはマリアに、聖霊によって子を宿すと告げました。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる」(ルカ1:35)。

123 イエスの両親は誰ですか。


マリアがイエスの、生物学上の母親です。ヨセフはイエスを養子としました。そのためイエスの家系にヨセフの名があるのです。

「[…]イエスはヨセフの子(と思われていた)。ヨセフはエリの子。 」ルカ3: 23

124 イエスの降誕について、どのようなことがわかっていますか。


皇帝アウグストゥスは住民登録の勅令(ちょくれい)を出しました。住民はめいめいが「自分の」町、つまり家系の属す町へ行く必要がありました。ヨセフはダビデの血筋であったため、マリアと一緒に「ダビデの町」であるベツレヘムへ行きました。ところがそこで宿を見つけることができませんでした。そのためマリアは馬小屋で子供を産み、飼い葉桶(かいばおけ)に寝かせました「初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」(ルカ2:7)。


この出来事からわかるのは、非常に粗末な条件の中で、神が人となられたということです。

125 イエスがお生まれになったのと同じ時期に、どのような出来事がありましたか。

 

天使が現れて、ベツレヘム近くの野原で羊の番をしていた羊飼いたちに、良い知らせ[良きおとずれ]を広めました。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである」(ルカ1:11; ミカ5:2[新共同訳5:1]も参照)。


マタイによる福音書によれば、イエスの誕生を知らせる星も現れました。その星が進む方向に、「東」(エルサレム周辺から見た東)から来た占星術の学者たち(マギ)がついて行き、「新しくお生まれになった王」を拝むために、エルサレムにやって来ました。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」(マタ2:2)。するとヘロデ王は博士たちをベツレヘムに送り出しました。「彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった」(マタ2:9)。


この出来事は、御子の降誕が無類であったことを示しています。

星や夢を解き明かす東方の博士たちのことを、『マギ』といいました。

126 イエスがお生まれになった後、どのような出来事がありましたか。


ヘロデ王は、ベツレヘムに生まれたのは自分を王座から引きずりおろそうとする国王だと思い込んで、いわゆるその子を殺そうとしました。ヘロデ王はベツレヘムにいた二歳以上の男の子を一人残らず殺しました(マタ2:16-18参照)。

127 子供であったイエスを、神はどのようにして守られましたか。


神はマリアの夫ヨセフに、夢を通じて、妻子を連れてエジプトに逃げなさい、とお告げになりました(マタ2:13-14参照)。そしてヘロデが亡くなると、一家はガリラヤ地方のナザレに移り住みました。

128 イエスの幼少時代については、どのようなことがわかっていますか。


ルカによる福音書2章52節に、イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された、と書いてあります。ルカによる福音書2章41-49節には、十二歳になったイエスがエルサレムで学者たちと話を聞いたり質問したりして、学者たちがその受け答えに驚いた、と書いてあります。

「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。」 ルカ2: 52

129 イエスが宣教活動をされる前に、どのようなことがありましたか。


イエスはヨルダン川で、バプテスマのヨハネから洗礼を受けられました。するとまもなく、見える形で聖霊がイエスに降(くだ)りました。父なる神の声で「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適(かな)う者」という証しが聞こえました (ルカ3:22)。この出来事を通じて、イエスが神の御子であることを、この世に宣言されたのです。

130 なぜイエスはヨハネから洗礼を受けられたのですか。


イエスは罪の無いお方でした。しかしヨルダン川でバプテスマのヨハネから、悔い改めに導く洗礼を受けられました。洗礼を受けるということは、悔い改めを表明することでした。イエスが洗礼を受けられたということは、自(みずか)らを低くされ、罪人ならば誰でも受けなければならないことを甘んじて受けられたということです。

「しかし、イエスはお答えになった。『今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。』」 マタ3: 15

131 イエスが洗礼を受けられた後、どのようなことが起こりましたか。 


イエスは「悪魔から誘惑を受けるため」聖霊の導きによって荒野に行かれました(マタ4:1)。そこにイエスは四十日間とどまり、悪魔から何度も誘惑を受けました。イエスはそうした誘惑をはねのけ、悪魔を拒(こば)まれました。すると天使たちがやって来て、イエスに仕えました(マタ4:11参照)。

132 イエスが誘惑に遭われたことには、どのような意味がありますか。


イエスはこうした誘惑を克服したことにより、公生涯の始まる前から、すでに悪魔に勝利していることを、明らかにされました。


最初の人であるアダムは、誘惑を克服することができませんでした。アダムは罪人となり、それに伴って全人類も罪人となりました。これに対し、イエスは罪の無い状態を維持されました。これにより、すべての罪人が神に立ち返る道を見つけるのに必要な条件を設けて下さったのです。


原罪:  問482→を参照

133 イエスは何歳から宣教を始められましたか。


イエスは三十歳ごろ、ガリラヤの町で宣教を始められました(ルカ3:3参照)。