3 三位一体の神

161 イエスがエルサレムに入られてから、どのような出来事がありましたか。


イエスは、神殿にいた商人や両替商を一掃されました。そうすることで、神の宮である神殿が聖なる場所であって、商売をする場所でないことを明確にされました。


イエスはベタニアで、高価なナルドの香油で油注ぎを受けられました。これは、イエスの死が迫っていることを御自身で予告された通りの出来事でした。当時はしばしば、屍(しかばね)に高価な油を塗りました(マコ14:8参照)。


ファリサイ派やサドカイ派にはイエスに敵対する人々が多くおり、その中に祭司長の職にある人々がいました。彼らはイエスを殺そうと企(くわだ)て、イエスにとって状況はますます危うくなりました。

ナルドの香油:甘松(かんしょう)<スパイクナードまたはナルド>は、ヒマラヤ地方(インド、ブータン、ネパールなど)に自生する植物です。根から抽出される汁は、体に塗る油と混合して使われました。甘松はすでに古代から地中海沿岸地域に輸出されていましたが、遠方から運ばれるため、非常に高価でした。
ファリサイ派とサドカイ派とは、イエスがこの世で活躍しておられた時代のユダヤ教において最もよく知られた教派の代表です。


ファリサイ派は、モーセの律法で規定している事柄の遵守(じゅんしゅ)に心血を注ぎました。働きによって神の徳を得ようとしたのです。こうした方法で神に貢献することに対して、福音書は批判しています。独善的になったり偽善的になったりするおそれがあるためです。現代のユダヤ教は、ァリサイ派から発達したものです。


サドカイ派は、天使の存在や死者の復活を信仰として認めませんでした。サドカイ派の信者はおもに富裕層や、エルサレム市内の神殿の祭司たちでした。神殿が破壊された後、サドカイ派は消滅しました。


古代ユダヤ教教派には、ファリサイ派とサドカイ派の他に、エッセネ派というものもありました。

162 イエス・キリストを裏切ったのは誰ですか。


十二使徒の一人であったイスカリオテのユダは、過越祭に先立ち、イエスに敵対する人々の所を訪ねました。「そのとき[…]イスカリオテのユダという人が、祭司長たちのところへ行き、『あの男をあなたたちに引き渡せば、幾らくれますか』と言った」(マタ26:14-15)。祭司長たちはユダに銀貨三十枚を提示しました。銀貨三十枚は、一般的に奴隷一人分に相当する額でした。こうして預言者ゼカリヤの預言が成就したのです(ゼカ11:12-13参照)。言わば、主は奴隷と同じ身分に置かれたのです(出21:32参照)。

「わたしは彼らに言った。『もし、お前たちの目に良しとするなら、わたしに賃金を支払え。そうでなければ、支払わなくてもよい。』彼らは銀三十シェケルを量り、わたしに賃金としてくれた。主はわたしに言われた。『それを鋳物師に投げ与えよ。わたしが彼らによって値をつけられた見事な金額を。』わたしはその銀三十シェケルを取って、主の神殿で鋳物師に投げ与えた。」 ゼカ11: 12-13

163 イエスはどのようにして、聖餐を制定されましたか。


イエスは十二使徒と席を共にされ、彼らと一緒に過越祭をお祝いされました。イスカリオテのユダもその場にいましたが、その前から彼はイエスを裏切る目的で、イエスに敵対する人たちと会っていました。


使徒たちが食卓に着くと、イエスは聖餐を制定されました。「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。『取って食べなさい。これはわたしの体である。』また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。『皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」(マタ26:26-28)。


イエスはこの食事中に、イスカリオテのユダが裏切り者であることを特定されました。するとユダはその交わりの席を立ちました。「夜であった」(ヨハ13:30)。


聖餐: 問494→以降を参照

164 ゲッセマネの園ではどのようなことがありましたか。


最後の晩餐の後、イエスは残った十一人の使徒たちを連れて、ゲッセマネの園に行かれました。差し迫る十字架の刑への恐怖によって、神の御子における、人間としての性質があらわになりました。イエスは膝をつき、祈りの中で格闘されました。「父よ、御心なら、この杯(さかずき)をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」(ルカ22:42)。こうしてイエスは天の父の御旨に、完全に従順だったのです。すると天使が現れ、イエスを力づけました(ルカ22:43参照)。しかし使徒たちは寝ていました。その後まもなく、イエスは逮捕されました。

165 イエスはどのようにして逮捕されましたか。


イエスが一緒に目を覚ましているように使徒たちに話しておられるうちに、祭司長から派遣された武装した群衆がやって来ました。イスカリオテのユダは彼らをイエスのところに連れて行き、イエスを裏切るために接吻(せっぷん)をしました。「わたしが接吻するのが、その人だ。それを捕まえろ」(マタ26:48)。

「それから、弟子たちのところへ戻って御覧になると、彼らは眠っていたので、ペトロに言われた。『あなたがたはこのように、わずか一時もわたしと共に目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。』」 マタ26: 40-41

166 使徒たちはどのような行動を取りましたか。


シモン・ペトロは、イエスを守るために、剣を抜いて、祭司長の手下(てした)の耳を切り落としました(ヨハ18:10参照)。しかしイエスはペトロを止めて、その手下をお癒(いや)しになりました。


イエスは御自分が持っている神の力を行使なさらず、そのまま逮捕されました。その時使徒たちはイエスのもとを離れ、逃げて行きました。


同じ日の夜、シモン・ペトロは、イエスの弟子ではないかと、人から問い詰められた時に、それを否定しました。

「ペトロは外にいて中庭に座っていた。そこへ一人の女中が近寄って来て、『あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた』と言った。ペトロは皆の前でそれを打ち消して、『何のことを言っているのか、わたしには分からない』と言った。ペトロが門の方に行くと、ほかの女中が彼に目を留め、居合わせた人々に、『この人はナザレのイエスと一緒にいました』と言った。そこで、ペトロは再び、『そんな人は知らない』と誓って打ち消した。しばらくして、そこにいた人々が近寄って来てペトロに言った。『確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる。』そのとき、ペトロは呪(のろ)いの言葉さえ口にしながら、『そんな人は知らない』と誓い始めた。するとすぐ、鶏が鳴いた。ペトロは、『鶏(にわとり)が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう』と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。」 マタ26: 69-75

167 使徒たちのとった行動に対して、イエスは彼らを非難されましたか。


いいえ。イエスは、人である使徒たちが弱いことを知っておられました。しかしその弱さを責めるようなことはなさいませんでした。イエスは、復活された後、彼らにやさしく丁寧に挨拶をされました。

168 イエスが逮捕された後、どのような出来事がありましたか。


最高法院、祭司長、律法学者は、イエスを神への冒涜罪(ぼうとくざい)で告発し、死刑を求刑しました。御自身が神の御子であると宣言したことを、神への冒涜であると考えたのです。

169 イスカリオテのユダは、イエスが求刑を受けた後に、どうしましたか。


イエスが死刑を求刑された後、イスカリオテのユダは、自分の裏切り行為を後悔し、銀貨三十枚を祭司長に返しました。祭司長たちはもうユダと関わりたくありませんでした。ユダは神殿に銀貨を投げ入れて立ち去り、首を吊って死にました(マタ27:1-5参照)。

170 イエスは、ピラトやヘロデの前で、どうふるまわれましたか。 


ユダヤの最高権威である最高法院で、死刑を求刑されたイエスは、ローマ総督のポンテオ・ピラトによる聴取を受けられました。当時ユダヤはローマ帝国の属州で、ピラトはユダヤ地域を担当していました。


ピラトは、イエスにいかなる罪状も認められなかったため、イエスをユダヤの王であったヘロデ(ヘロデ・アンティパス)に送致しました。ユダヤ人が死刑判決を下すことは、ローマ人から禁止されていたため、ヘロデはイエスをピラトに逆送致しました。ピラトはイエスを拷問(ごうもん)にかけました。民衆はイエスを十字架の刑に処するように要求し、傲慢(ごうまん)にもローマ皇帝を差し置いて「ユダヤの王」を自認したとして、イエスを非難しました。これは死刑に相当する罪でした(ヨハ19:12参照)。


ピラトはイエスを釈放する方法があることを認識していました。過越祭の時に一人の受刑者を赦免する風習があったのです。そこで民衆は、イエスか、もう一人の犯罪人であるバラバか、どちらを釈放するかを決めることになりました。人々は、祭司長や長老らに扇動されて、バラバを選んだのです。ピラトは、その後に生じることに対して責任が無いことを示すため、両手を洗い、こう言いました。「この人の血について、わたしには責任がない。…」(マタ27:24)。ピラトは再度イエスを鞭(むち)打ってから、十字架につけるために兵士に引き渡しました。

イエスがお生まれになったのは、ヘロデ大王の統治下の時です。イエスがポンテオ・ピラトに送致された時は、ヘロデ大王の息子でヘロデ・アンティパスがガリラヤを支配していました。


鞭打ちは、古代において、肉体的な罰を与えたり、拷問を行ったりするための手段であり、執行者が鞭、縄、杖を用いて相手を打つものです。四福音書には、イエスに対する鞭打ちに関する記述があり、使徒言行録には、使徒たちがしばしば鞭打ちを受けていたことが記録されています。

171 イエスは苦しみを受けている時に、どのようにふるまわれましたか。


イエスは御自分が受けた不当な扱い、屈辱、嘲(あざけ)りにすべて忍耐されました。物笑いの種に棘(とげ)の冠を被(かぶ)せられた時も、聖なる威厳をもって忍耐されました。

172 イエスの苦しみが終わったのは、どこでしたか。


イエスは、ゴルゴタの丘で、十字架に釘付け(くぎづけ)をさせられました。二人の受刑者が一緒でした。イエスの十字架は二人の間にありました。これによって、罪人のひとりに数えられた、というイザヤ書53章12節の言葉が成就しました。言い換えれば、イエスは犯罪者のように扱われたということです。イエスは断末魔(だんまつま)の苦しみを味わわれた末、数時間後、悲惨な死を遂げられました。

十字架の刑は、古代において一般的に行われた処刑の方法で、ゆっくりと苦しみながら死なせるように考えられています。そのために受刑者を、まっすぐな柱に体を縛(しば)るか、釘で打ち付けるかをします。横梁(よこばり)はある場合とない場合があります。

173 イエスの死に対する責めは、誰にありますか。


イエスに対する死刑判決とその執行は、ローマ総督が関与したことにより、もはやユダヤ人だけの問題ではなくなりました。ユダヤ人以外の異邦人もその問題に向き合うことになったのです。


すべての時代のすべての人々が罪人であり、その責任を負わなくてはなりません。イエスは、すべての人類が負っている罪を、人類の代わりに負って死なれました。ですから結局、イエスの死に対する責めは、全人類が負っているのです。

174 十字架におけるイエスの臨終の言葉は何ですか。


イエスの臨終の言葉は福音書によって様々ですが、伝統的に次のような時系列でまとめられています。


「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23:34)。


イエスは、御自分を十字架につけさせたり、そうした行為についてよくわかっていなかったりしているすべての人々のために、執(と)り成しをされました、これによって、敵を愛しなさいという戒めは、比類無き形で遂行されました(マタ5:44-45,48参照)。


「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」(ルカ23:43)。


このことをイエスが言われたのは、自分が犯した罪を後悔し、イエスに恵みを希(こいねが)い、イエスが救い主であることを告白した、一人の犯罪者に対してでした。ここで言う「楽園」は、陰府(よみ)の領域の中で敬虔且つ義なる者たちがいる場所であると考えられます。


「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です。」―「見なさい。あなたの母です」(ヨハ19:26-27)。


イエスは、母マリアの世話を、使徒ヨハネに託されました。このようにして、イエスは御自分の愛と配慮をお示しになりました。御自分が困難な状況にあるにもかかわらず、人々の困難を気遣われたのです。


キリスト教では伝統的に、マリアを教会の象徴としています。教会に対する配慮は、使徒職に託されました。ここではヨハネを使徒職の代表としています。


「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マコ15:34)。


敬虔なユダヤ人は、自分の死期が近づくと、神に向かって詩編22編の言葉を言います。これは、神と遠くなってしまったことを嘆くのと同時に、神の力と恵みへの信仰を告白するものです。イエスもこの言葉を引用されました。これは、断末魔の苦しみに苛(さいな)まれている人が共通に用いる言葉です。


「渇く」(ヨハ19:28)。


イエスは、死を迎えるまでの闘いにおいて、のどの渇きを覚えられ、飲み物を求めておられました。


この言葉は、詩編69編21<新共同訳22>節と関連しています。「彼らはわたしの食物に毒を入れ、わたしのかわいた時に酢を飲ませました。」これはイエスが、総体として「苦い杯」を飲まねばならなかった、と考えることができます。言い換えれば、イエスは最後まで苦しまねばならなかった、ということです。


「成し遂げられた」(ヨハ19:30)。


これを言われたのは、当時の時刻でいう第九の時でした。今の午後早くです。イエスは、人類を贖うために犠牲となられたのです。


「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」(ルカ23:46)。


これによって明らかなのは、イエス・キリストは、死の瞬間に及んでも、天の父を全面的に信頼しておられた、ということです。

175 主が十字架に磔(はりつけ)にされた際に、どのようなことが起こりましたか。


イエスが十字架上で死なれた時、大地が揺れ、岩が裂けました。至聖所を隔てていた神殿の幕が二つに裂けました。この出来事は、旧約における、いけにえの奉納が、キリストが死なれたことによって、必要でなくなったことを象徴しています。キリストの犠牲が、神への道を開いたのです。


十字架に磔にされているイエスの見張りをしていた百人隊長や兵士たちは、大地の揺れを感じて、こう叫びました。「本当に、この人は神の子だった」(マタ27:54)。これにより、異邦人も、イエスが神の御子であることを公(おおやけ)に認めたのです。

旧約/新約: シナイ山上で、神は、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫であるイエスラエルの民と、契約を結ばれました。その契約が結ばれたことを示す徴(しるし)は、割礼(かつれい)です。この旧約には、モーセの律法も含まれます。モーセの律法では、神の御旨が明文化されています。新約は、イエスの死によって成立したものです。新約は、ユダヤ人だけではなく、全人類に適用するものとなりました。水のバプテスマに与(あずか)ることによって、すべての人が新約を結ぶことができるようになりました。

176 イエスの体には、どのようなことが起きましたか。


最高法院の一人であったアリマタヤのヨセフが、イエスの遺体を墓に納めるために引き取りたい、とピラトに願い出ました。ヨセフはニコデモと一緒に、イエスの遺体を墓に納めました。墓は、岩を掘って造られていて、それまで使われたことのないものでした。ニコデモは、ある日の晩に主のところに出向いて、教えを受けた人物でした(ヨハ3:1-2参照)。墓の前には石が転がしてありました。祭司長は、弟子たちがイエスの遺体を持ち去ることのないように、番兵を配置しました。

「明くる日、すなわち、準備の日の翌日、祭司長たちとファリサイ派の人々は、ピラトのところに集まって、こう言った。『閣下、人を惑わすあの者がまだ生きていたとき、「自分は三日後に復活する」と言っていたのを、わたしたちは思い出しました。ですから、三日目まで墓を見張るように命令してください。そうでないと、弟子たちが来て死体を盗み出し、「イエスは死者の中から復活した」などと民衆に言いふらすかもしれません。そうなると、人々は前よりもひどく惑わされることになります。』ピラトは言った。『あなたたちには、番兵がいるはずだ。行って、しっかりと見張らせるがよい。』そこで、彼らは行って墓の石に封印をし、番兵をおいた。」 マタ27: 62-66

177 イエスは何の目的で、苦しみを味わい、死なれたのですか。


御子なる神は、人類の罪を御自身が背負うために、イエスという人として、この世においでになりました。人類を死から救い出すために、天来の愛による自由な御意志で、御自身を犠牲とされました。罪の力は強いですが、イエス・キリストが自らの命を犠牲にされることに示された天来の愛の力のほうがはるかに強力です。 


霊の死からの救済/贖い: 問89→, 90→, 108→,  109→, 215→, 216→を参照

「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」 ヨハ15: 13

178 イエスの苦しみと死が人類にもたらした意義は何ですか。


イエスが犠牲の死を遂げられたことは、人類と神との関係を新たにするための礎です。罪深い人類が、神に立ち返る方法を見出すことができるようになったのです。

179 旧約聖書に、イエス・キリストの苦しみと死について書かれている箇所はありますか。


はい。イザヤ書53章3-5節には、軽蔑されて苦しむ神の僕について書かれています。「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ/多くの痛みを負い、病を知っている。[…]彼が担(にな)ったのはわたしたちの病/彼が負ったのはわたしたちの痛みであった[…]。彼の受けた懲らしめによって/わたしたちに平和が与えられ/彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。」これは、イエス・キリストの苦しみと、イエス・キリストによる犠牲の死を表しています。

180 イエスは、御自分の苦しみと死について話されましたか。


はい。イエスは御自分の苦しみと死について頻繁に触れられただけでなく、復活についても述べておられます。


ペトロがイエスに向かって「[あなたは]神のキリストです」と言うと、イエスは御自分が間もなく苦しみを受け、死ぬことに言及されました。「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥(はいせき)されて殺され、三日目に復活することになっている」(ルカ9:22)。


イエスはこれと似た内容を、変貌の山でも仰せになりました。「人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。殺されて三日の後に復活する」(マコ9:31)。


イエスは、エルサレムに入られる前、使徒たちにこう言われました。「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子は、祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して、異邦人に引き渡す。人の子を侮辱し、鞭(むち)打ち、十字架につけるためである。そして、人の子は三日目に復活する」(マタ20:18-19)。


イエスは、律法学者やファリサイ派の人たちに、御自分が三日後に復活すると仰せになりましたが、その際、預言者ミカの話を念頭に置いておられます。「つまり、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、大地の中にいることになる」(マタ12:40)。

181 使徒たちが書いた手紙には、イエスによる犠牲の死を、どのように触れていますか。


イエスが犠牲の死を遂げられた意義について、コリントの信徒への手紙二5章19節には、こう書いてあります。「神はキリストによって世を御自分と和解させ、…。」またヨハネの手紙一3章16節にはこう書いてあります。「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。」


使徒パウロは、人であられるイエス・キリストと、そのキリストの復活を否定する異端者たちとの論争において、「キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと」をはっきりと述べました(一コリ15:3-4)。

182 十字架は何の象徴ですか。


キリストの十字架は、神が罪深い人類と和解されたことを表す象徴であります。古代世界において、十字架は敗北を意味しました。社会から排除され軽蔑された人間が迎える惨めな結末を意味しました。しかしイエスの場合、敗北のように思えても、実際は勝利であります。十字架上で死なれたことによって、比類無き救いの御業が成し遂げられたのです。

「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。」一コリ1: 18

183 イエスの死後、どのような出来事がありましたか。


イエスは、死なれた後、死者の領域に入られました。ペトロの手紙一3章18-20節には、死後、御子はノアの時代に神に従わなかった者たちに宣教した、と書いてあります。イエスがそうされたのは、救いを提供するためです「死んだ者にも福音が告げ知らされたのは、彼らが、人間の見方からすれば、肉において裁かれて死んだようでも、神との関係で、霊において生きるようになるためなのです」(一ペト4:6)。


神の御子イエスは、地上の罪人に尽くされたのと同様に、故人のためにも尽くされました。犠牲となられたことによって、故人を救うこともできるようになったのです。

「キリストも、罪のためにただ一度苦しまれました。正しい方が、正しくない者たちのために苦しまれたのです。あなたがたを神のもとへ導くためです。キリストは、肉では死に渡されましたが、霊では生きる者とされたのです。そして、霊においてキリストは、捕われていた霊たちのところへ行って宣教されました。この霊たちは、ノアの時代に箱舟が作られていた間、神が忍耐して待っておられたのに従わなかった者です。この箱舟に乗り込んだ数人、すなわち八人だけが水の中を通って救われました。」一ペト3: 18-20

184 イエス・キリストは、どのような力によって復活されたのですか。


イエス・キリストの復活は、三位一体の神によるものです。

  • 一つ目に、父なる神の力が具現化して、イエスが死から蘇(よみがえ)られました。「わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました」(使徒5:30)。
  • 二つ目に、御子なる神が言われた次の言葉が成就しました。「わたしは命を捨てることもでき、それを再び受けることもできる」(ヨハ10:18)。
  • 最後に、聖霊なる神の働きについて、次のように証ししています。「もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう」(ロマ8:11)。

 

死に勝利する神の力は、イエス・キリストが死から復活されたことによって示されたのです。

185 キリストの復活を目撃した人はいますか。


イエス・キリストの復活を、目撃した人はいませんでした。しかし、聖書の多くの箇所で、神の御子の復活を証ししています。その一つは、墓が空になったことであります。さらに、イエスが復活されてから天に昇られるまでの四十日間に、復活されたイエスが何度も御自身を現されたという証言があります。御子が誰のところに現れて、誰が御子であることに気づいたのか、具体的に名前が挙げられています。


イエス・キリストの復活は、イエスに従った人たちの一方的な願望ではなく、実際の出来事です。実際に起きたのです。

「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ…」 一コリ15: 3-7

186 人類にとって、イエス・キリストの復活には、どのような意義がありますか。


イエス・キリストは天に昇られました。その結果、自分たちも復活し永遠の命を得ることができる、という信徒たちの希望は、理に適ったものとなりました。「しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです」(一コリ15:20-22)。


イエスの復活を信じるのは、イエスがこの世の救い主であることを、復活が示しているからです(一コリ15:14参照)。


救い主: 問108→, 110→以降を参照

187 新約聖書では、復活されたお方の出現を、どのように証ししていますか。


復活されたイエスは、何度も弟子たちに御自身を現されました。その一部を以下に列挙します:

 

最初に、復活されたイエスを見たのは、マグダラのマリアと数人の女性たちです。「すると、イエスが行く手に立っていて、『おはよう』と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した」(マタ28:9)。

 

エマオという村に向かっていた弟子たちは、自分たちと一緒にいるお方が、復活されたイエスであることに気づきませんでしたが、イエスは彼らに同行され、聖書に書かれていることを説明され、最後に彼らと一緒にパンを裂かれました。するとようやく弟子たちはイエスであることがわかりました(ルカ24:13-35参照)。


イエスは、復活された日の夕方、弟子たちの真ん中に立たれました。復活を遂げたお方であり、そして死と罪に勝利した主であられるイエスは、人類が罪の赦しに与れるための権限を、使徒たちに与えられました。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る」(ヨハ20:19-23)。


またある時、主はティベリアス湖畔で、何人かの弟子たちに御自身を現されました。そして使徒ペトロに「キリストの小羊や羊の世話」を委託されました ― すなわち、すべての教会員の配慮をすることであります(ペトロの職務; ヨハ21:15-17参照)。


また、復活された主は「数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話され」ました(使徒1:3)。


使徒パウロは、コリントの信徒への手紙一15章6節で、一度に五百人以上の兄弟たちが、復活されたイエスを見た、と述べています。

 

罪の赦し: 問415→の解説, 問644→以降を参照/ペトロの職務: 問457→とその解説を参照

「マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。天使たちが、『婦人よ、なぜ泣いているのか』と言うと、マリアは言った。『わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。』こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。イエスは言われた。『婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。』マリアは、園丁(えんてい)だと思って言った。『あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります。』イエスが、『マリア』と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、『ラボニ』と言った。『先生』という意味である。」ヨハ20:11-16