8.2 聖餐

新使徒信条第七条は次のように告白している。「私は、キリストが完全に有効な犠牲としてただ一度捧げられ、断腸の苦しみを受けた末に死なれたことを記念して、キリスト御自身により聖餐が制定されたことを信じます。聖餐にふさわしく与 (あずか) ることにより、私たちの主であられるイエス・キリストとの交わりが築かれます。聖餐は、種入れぬパンとぶどう酒によって、執 (と) り行われます。このパンとぶどう酒は、必ず使徒から任職を受けた教役者が聖別して、これを施 (ほどこ) します。」


聖餐は、三つのサクラメントの中で、唯一繰り返し施与 (せよ) されるものである。聖餐の趣旨や意義を論理的教義的に理解し尽すことは不可能である。聖餐はイエス・キリストが持つ位格の奥義と、深く関連しているのである。


この聖餐によって、神の実在と、人類に対する神の慈愛深さとを、体験することができる。聖餐は礼拝で行われるものの中で中心的存在である。また聖餐は、信仰に忠実な者たちの意識や生活の中で、重要な位置を占めるものでもある。